サッキュヴァス・セリカ 〜淫魔の呪い〜 その2


(この文章は、ファンタジーノベルスの文法に慣れている方にお薦めします(^^;)

「…ねぇ」
 とことこ、とことこ。
 ミュークはセリカの横にぴったりくっついて歩いている。セリカとは歩幅が違いすぎるために、小走りのような動きだ。だが、それを延々と続けているにも拘わらず、全く疲れた素振りを見せない。
「ねー、セリカー」
 セリカは何も考えずに歩いた。黙々と歩くだけではダメなのだ。何も考えずに歩かないと、返事をしている事になってしまうのだ。
 それは、どこか拘束的だった。
「縛ってなんかいないよ」
 …伝わっている。
「………」
「え、疲れないのかって?大丈夫、物理エネルギーだけで動いているわけじゃないから」
「…………」
「飛べるよ、飛ぼうと思えば。でも、なんかサマにならないし、飛ぶ方がちょっと疲れるんだよね」
「……」
「魔法?魔法ねぇ。ま、そう考えた方がキミ達にはわかりやすいよ」
「………」
「別に説明する義務はないもんね」
「…………!」
「知らないよ、ボクは」
 セリカは何も考えないと言う戦法を諦めて、逆にいくつも質問をまくし立てた。まくし立てていると言っても小さな声だし、そもそもミュークは心を直接読んでいるのだから、声を出す必要などない。だが、その方がイメージをつかみやすいのだ。
 ミュークに心を読まれることをセリカが何としても避けようと思っていたのは、ややもすると先ほどの陵辱が頭に浮かんできてしまうからだ。今思い起こしてみると、あまりに屈辱的な仕打ちだった。快楽に浮かされて、触手を受け入れてしまった事が未だに信じられない。
 あるいは、知らずの内に精神を冒されていたのかもしれなかった。これだけ自分の精神を好き放題に弄(もてあそ)ばれれば、そういう疑念も出てくる。
「やっぱりつらかった?」
「………」
 セリカは、もはや自らの精神を包み隠す気力を失いつつあった。結局、精神を無にする事など出来ないのだ。
「でも、そんなに痛くなかったでしょ」
「…」
「ね?」
 思い返した痛みすらも、ミュークは読みとっているのだろうか。
「気持ちいいじゃない…」
 思い返した、快楽すらも…
「女の子にとって、大切なのかもしれないけどさ」
「……」
「え?ボクがオスかメスか?…じゃあさ、セリカってショールゥ様の性別ってなんだと思う?」
「……………」
「そういうこと」
 結局、ミュークは猫ではあり得ないのだ。
 セリカは、何とはなしに感じていたミュークへの親近感を薄れさせていく。単純に、セリカは猫好きだったのだ。師匠の元で独り修行していた時、野良猫にエサをやっていたためである。
 何も語らない、猫が友達だったのだ。
 ニャーオ。
 セリカの耳に、突然物理的な音が聞こえてくる。
「ね?鳴けるよ」
「………」
「何か、役に立つかもしれないじゃない」
「………」
「無理だよ。ボクを置いていくなんて」
「…………………………」
「そりゃあね。セリカの方が速いだろうね」
 ミュークは周りをきょろきょろと見た。もう街道に出ている。ショールゥの洞窟は街道から少し離れたところにある山肌の中の洞窟だったが、この辺りは割合に平坦な道である。セリカはトップスピードに近い速度を出せるはずだ。
「でもね、ショールゥ様に呪われたってこと、簡単に思わない方がいいよ」
「……」
「だから、すぐ分かるって言ったじゃない。今日の夜にでも」
「………」
「説明するの?今?別にいいけどさ。たぶん、納得しないよ、身体で理解しないと…」
「……!」
「言っとくけど、ボクはセリカの身体に手をつけたりしないからね。そうする理由も動機もないでしょ」
「………」
 いつの間にか、セリカとミュークは互いに見つめ合って「会話」していた。セリカが思い切り見下ろして、ミュークが思い切り見上げる。
 会話の内容はあまり穏やかなものではなかったが、セリカもミュークの存在を割と自然なものとして受け入れることが出来るようになったようだ。頭の中に声が聞こえてくるのに慣れてしまったのだ。
「だからねぇ…うーん、難しいよ。言うのも、理解してもらうのも」
「……」
「やっぱいいや。自分で気づこうよ」
「…!」
「それが一番楽だし……あれ?」
 ミュークが視線をセリカからずらした。つられて、セリカも視線を動かす。
 その先には、はるか頭上の空があった。そして、何かが飛んでいる。
「なに?あれ…」
 ほとんど音を立てずに飛んでいるのに見つけられたのは、セリカとミュークの視線の高さがあまりにも違うので、ミュークが見上げている角度がかなり急だったからだ。
「…」
「キメラ?ふーん…」
 姿はあまりはっきりとしなかったが、粒のように小さく見えるといった感じでもない。大きな翼。鷲に似たシルエットがわかる。
「…」
「え?軍隊?」
 セリカはじっと宙に飛ぶキメラを見ていた。魔術合成獣(アーティフィッシァル・キメラ)。魔術と親和性の高い獣を、魔術で掛け合わせて作られる魔獣だ。魔道具が掛け合わせられる事もある。力のない人間でもそれなりの攻撃力と防御力を得られると言うメリットはあるが、コストが大きすぎるという最大の欠点がある。だから、キメラを維持できるのは軍隊くらいなのだ。
「………」
「戦争ねぇ…始まるの?」
「…」
「なんで?」
「…………………………………」
「確かに、セリカくらいの魔術師が戦争に駆り出されたら、メチャクチャになっちゃうね。セリカは戦争に行くの?」
「………」
「そう…」
 キメラはどんどん小さくなっていく。
 後に残るのは、草原の中に広がる道だけ。後ろを振り向けばショールゥの洞窟があった山が見えるだろうが。前にはただただ平坦な土地が広がっているのだ。そのはるか向こうに、城壁が見える。
「セリカ、疲れたんじゃない?早く街に行こうよ」
「…」
「え?うん」
 ミュークはぴょんっと跳ぶと、セリカが差し出した腕の中に飛び込んできた。
「………、……、…!」
 セリカの身体がひゅんっと宙に浮かんだかと思うと、街道の上を飛行し始める。そのスピードは、みるみる間に速くなっていった。ショールゥの部屋で見せた浮遊魔法よりも、断然速度がついている。
「速いっ!」
 ミュークが目を丸くして言った。猫だけに、本当に丸くなる。
 セリカは飛行のルートを、街道の上からやや横にずらした。セリカの通った下の草は、ざぁぁーっと一直線に吹き付けられていく。風圧が大きいので狭い場所では使いにくい魔法なのだが、一直線に飛ぶときにはすさまじい速度が出る。200km/hオーバーだ。セリカ達に、そんな基準は無かったが。測量を成し遂げるほどの実力がある権力者がいないのだ。
 時折、街道を歩く人も見かけた。そういった人々は、大音響を立てて近づいてくるセリカ達の方を例外なく見ていた。そして、セリカ達を見ているという事に気づいた時には、もう通り過ぎている。
「爽快だね!セリカ」
 城壁はもう近づいてきていた。セリカは段々とスピードを落としていく。慣性のキャンセルシステムがないから、普通に速度を落としていかなくてはならないのだ。「ブレーキ」を掛けず、単に加速をやめるだけ。少しずつ、少しずつ速度が落ちていく。やがて、すうーっとセリカは空中に静止し、すとんと地面に降りる。城壁から10m。
 とんっ。
 ミュークが地面に降りる。
「すごいね、セリカ。ぴったりだよ」
「…」
「大丈夫でしょ、別に」
 ミュークは平然とセリカの横を歩き始める。あまり、野良猫が歩いているといった雰囲気には見えない。
 セリカはミュークの方をちらちらと気にしながら、城門の方に歩いていった。門の所には、槍を構えながらも暇そうにしている兵士が一人立っている。
「…よし」
 兵士はセリカの事を少しだけ見ると、また暇そうな目に戻る。セリカはミュークの事を見られているのではないかと思ったが、実際には少し好色な目がセリカに向けられたというのが正しい。
 あまり大きくない城門をくぐると、結構人が歩いている。城門の外と中では雰囲気が打って変わっていた。城門の中だけで一生を過ごす人が多いことを証明している。
 だからこそ、セリカは城壁を軽々と越えるだけの魔力を持っていても、城門を通って街の中に入るのだ。門というモチーフには、それだけの意味合いがあるのだ。
「ねぇ、どこ行く?」
「……」
「そうだね。セリカ、休みたいでしょ」
「…」
「ボクは全然大丈夫だよ?ここまで、セリカの魔法で飛んできたんだし」
 セリカは、城壁の外にいた時はある程度引き締めていた表情をやっと緩めた。そして、宿を探し始める。
 ゆっくりとした歩みと、どこを見ているのかよくわからない瞳。そうすると、彼女が普通のおっとりした性格の少女でもあるという事がよくわかる。スタッフとマントが無くなってしまえば、ただのあどけない少女としか思えないだろう。
 セリカは、高級住宅地でもスラム街でもない、普通の商業街の方に向かっていく。金だけは豊富にあったが、セリカは高級住宅街の中の宿に向かう事はしなかった。必要以上に丁寧な接客態度が苦手だった事がひとつ。もうひとつは、仕事に失敗した以上、この街から近い内に逃げ出さなくてはならないという事にあった。
 セリカのように強力な術士になれば、自警団同士の間にもかなりの評判が生まれている。それが失敗したという事になれば、誹(そし)りは免れ得ないし、信頼を著しく失ってしまうだろう。万が一、ショールゥがこの街を襲ったりすれば、尚更だ。セリカは、真剣に国外に逃げ出す事を考えていた。腕だけで世界を渡っている彼女にとって、評判を失う事は致命的なのだ。
「…ふーん。別の国?」
「………」
「ボクは別にどこでもいいよ。セリカについていくだけさ」
「…」
「だから、もうすぐ分かるよ…セリカ自身の身体が」
 堂々巡りだった。セリカはミュークの事を忘れて、向かう国とルートを考える。
「ひどいなぁ」
 ここ、ファエル国はそれなりに結束が強い国だった。だからこそ、自警団同士のつながりも強いのだ。一番近いのは、イェク国。ここから南だった。それから、フリエ国とエシーラ国はそれぞれ北と東で、ほぼこの街から同じ距離にある。ファエル国の西は海だ。
 単純に考えるなら、イェクに向かうのがよいように思えた。最近は、かなり結束力が高まってきているという噂も聞いている(セリカ自身が聞き出したわけではなく、横で盗み聞きしただけだ)。失敗をしない限り、自警団同士のつながりがあった方が安定した仕事を得ることが出来るのだ。
 国境破りは、セリカの術を以てすれば大して難しい話ではないはずだった。ここから、一つか二つの街を通れば国境につくはず。セリカは遙か昔に見た地図を思い起こしていた。
「大変だねぇ」
「………………………」
「ショールゥ様はとんでもない方だよ。悪いけど、セリカ程度じゃ敵(かな)うはずがないだろうね」
「…」
「ボクの口からは言えないよ。言おうとした瞬間、あっというまにボクの身体は弾け飛ぶだろうね」
「………」
「ま、災難だと思って…ん、でも、別に辛い事や大変なことばっかじゃないよ。結構楽しいと思うよ」
「…」
「だからさ、今晩までに…」
 ミュークの言葉が途絶えた。セリカが、道に並んでいるいくつもの宿の一つに入っていったのだ。
「あ、待ってよ」
 何の躊躇もなく、ミュークはセリカの後を追う。セリカはミュークの事をじっと見つめた。
「え?まずい?ひどいなぁ。猫じゃないのに」
「…」
 ミャー。
 猫なで声。それから、ミュークは宿の柱や壁を使って、巧みに宿の屋根の方まで上がっていった。
 セリカは宿の中に入る。小さな宿だ。ただ、ショールゥの洞窟に向かう前に、2,3日滞在していたという安心感もある。それから、料理が家庭的である割においしかったという記憶がある。
「いらっしゃいませ」
 宿の扉を開けると、受付のところにショートカットにした赤髪の少女がいた。確か…
「あ。今日もうちにお泊まりですか?」
 少女が微笑む。覚えていたようだ。確か、食事の時のウェイトレスも彼女がしていたような気がする。厨房の中を忙しく往復している姿を見る限り、料理にも関わっていたようだった。
 もっとも、宿の主人と思われる、彼女の母親らしき女性との会話をセリカが聞いた限り、料理を仕切っているのは母親の方のようだった。彼女はあくまで手伝っているだけのようだ。
 セリカは、無言で宿帳の前のペンに手を伸ばした。
 インクをつけて、名前を書こうとする段になってふと考える。「セリカ」と記すべきなのだろうか?逃げだそうとしている以上、この名前を必要以上にばらまく事はしたくなかった。
 だが、受付の少女はセリカの事を覚えているようだった。仕方なく、前と同じように「セリカ」と記す。
「魔術師さんですよね?お仕事ですか?」
 「仕事」に何を想定しているのか分からないが、セリカは何も答えずに少女の目をじっと見つめる。
「はい。2階の、1番の部屋に行ってください」
 気を悪くした様子も見せず、少女は微笑みを絶やさずに言った。
 どきっ。
 セリカは、その笑みを見て、奇妙な感情に襲われる。
 どき…どき…
 これは…
「あかり〜!ちょっと、こっち手伝ってくれる?」
 女性の大きな声が聞こえる。と言っても、太い声というわけではなく、少女とよく似た明るい声だった。
「あ、はーい!おかあさん」
 あかりと呼ばれた少女は、セリカにぺこっとお辞儀をしてから受付の奥の方に消えていく。
 後に残されたセリカは、呆然と立ちつくしていた。
 胸の高鳴りは、まだ消えていない。別に走ったわけではない、戦闘をした後でもない、普通の状態。それなのに、心臓が大きく高鳴っているのがはっきり分かる。
 セリカにとって、未経験の感情だったが、知識の上では知っているものだった。そして、セリカと最も縁遠いと思っていたものだと思っていた感情だった。
 –––恋心。
 それも、一目惚れ?いや、初対面ではない。なのに、今セリカは…
 あかりに、惹かれている。


 とん、とん…
 階段を上がりながら、セリカは必死で思考を巡らせていた。
 あかり、つい今まで名前すらも知らなかった少女。会ったのも、この宿に泊まりに来て以来、4回か5回。セリカの方から話しかけた事すらない。会話の端々(はしばし)から優しい気配りのできる少女である事はうかがえたが、それだけだ。特別に惹かれるきっかけなど、何もなかった。
 どき…
 それでも、もう一度あの笑顔を浮かべた瞬間、セリカの中に切ない鼓動が生まれる。どうしても離れないのだ。彼女に、もっと近づきたいという想いがふつふつと生まれてきてしまうのだ。
 そもそも、セリカはパッションなどほとんど感じることが無い少女。激情に駆られて暴走したり、思いも掛けない行動をする事など滅多にないのだ。冷静かつ合理的な思考、それと広大な世界に対するとめどもない憧憬。それだけでセリカは成り立っているようなものだった。
 あかり。あかり。
 セリカは口の中で唱えた。
 とろん、ととろけてしまいそうな甘い感情が身体を包む。彼女の声、表情、身振り、そういったものが意識をよぎる度に、その感情はパルスのように跳ね上がる。
 どうしたんだろう…
 限りない疑念と甘い想いを抱えながら、セリカは2階にたどりつく。
 1番の部屋は、階段のすぐ近くだった。そもそも、この宿には1階に2部屋と2階に3部屋しかないのだ。
 きぃ…
 木製の質素なドアを、セリカはゆっくり開けていく。
 部屋は広くないが、清潔に掃除されている。ベッドのシーツもよく洗濯されているようだった。開け放された窓から、涼しい風が入ってきている。
「やぁ、お先に」
 そして、ベッドの上にはミュークが横になって寝ていた。
「…」
「だって、この部屋しか空いてなかったんだもん」
 ミュークは平然と答える。
 ことん。
 セリカはスタッフを壁に立てかけて、ベッドに座った。
 はぁ…
 少し熱っぽい呼吸が漏れる。鼓動はまだ収まっていない。
「そろそろ、来たね…」
 ミュークはぴょこんと身を起こした。
「…」
「セリカの身体」
「………」
「女の子を見てたら、身体が熱くなってきたんでしょ?」
 セリカは少々戸惑う。
 確かに、あかりを見ていたら鼓動が高鳴り、全体に身体が熱を帯びるようになってきたのは間違いなかった。でも、それは出所の知れない恋心から来たもの。セリカの心が生んだもの…。
「でも、身体は反応しているじゃない」
「……」
「前から、女の子の方が好きだったわけじゃないでしょ?」
 答えに窮する。魔術師の世界が中性的であった事もあり、セリカは性の違いを意識した事はほとんどなかったのだ。独立した後も人に感情が動くことなどほとんど無かったから、セリカは男と女の違いが今ひとつピンと来ない。
 と言っても、魔術師の世界で同性愛が頻繁に見られるというわけではない。結局、恋愛という関係が成立しにくい世界なのだ。
「まぁ、普通は女の子は男の子を好きになるもんだよね」
 こくり。
 セリカは小さく頷(うなず)いた。ただ、男の子を好きになるべきであるとか、そのような観念はセリカの中にカケラも無い。一般論がそうであるという事を了解しただけだ。
「でも、好きな気持ちは、変えられない?」
 こく。
 またセリカは頷く。不条理なほど唐突に生まれた恋心への不信感は、ミュークと話をしている間に薄れてきてしまっていた。ミュークが妙に否定的な言い回しをするので、セリカはその反動で無意識の内に恋心への擁護を始めていたのだ。
「素直だね」
 セリカは少し怒った目をしながらも、頬をかすかに赤らめた。
 広い世界への憧憬。その他にセリカが持っている感情があるとすれば、広い世界への憧憬の発展としての、恋心への憧憬があったかもしれない。理性とは無関係に広がる、果てしもない心の世界にセリカは憧れていたのかもしれない。
 だからこそ、ミュークに対してわずかながらも怒りの感情が生まれたのだ。恋心の裏返しとして。
 それは、肯定的な視点から見れば、極めて人間味にあふれた、健全な思考であるとも言えるだろう。
「じゃあさぁ、セリカ」
 セリカは、大きく一回まばたきをしてミュークを見た。
「そのあかりって子がさ、セリカがされたみたいに、気持ちよくなっちゃっているところを想像してごらん?」
「……??」
 なんで…というフレーズを心に浮かべようとした瞬間、セリカの脳裏に、「そのイメージ」が現れた。
 半開きになった口。
 焦点を失った、だらしのない愉悦の瞳。
 紅色に染まった頬。
 普段着の上にピンク色のエプロンをつけたあかり。その秘部には、あの青黒い触手が侵入して蠢いていた。完全に触手に身を委ねたあかりが、
「ふぁぁっ…」
「ん、あ、いいっ…」
 と、ひっきりなしの嬌声を上げて悶えている。音声を交えた動画。
 とろん…
 階段のところで感じた甘い感覚が、何倍にも増幅された形でセリカを襲った。しかも、今度は全身にまんべんなく行き渡っているわけではない…セリカの性感を引き出してしまう部分に集中している…。
 はぁ…はぁ…
 セリカは自らの身体を、両の腕で抱きしめる。抱きしめているのも、抱きしめられているのも自分の身体ではないように思えた。
「そうなったら、もう止まらないよ」
「…」
「自分でいじって、気持ちよくなるしかないんじゃない?」
「……、…」
「ボクは外に行ってるよ。セリカがやりにくいかもしれないしね」
「…」
 ぴょんっ。
 ミュークは、窓の枠に一跳びで乗る。
「…」
「セリカ、もっと呪われたって事を自覚した方がいいんじゃない?」
 次の瞬間、ミュークの姿は窓の外に消えていた。
 後に残されたセリカには、渦巻く欲望と、あかりへの恋心しかない。
 いや…あかりへの渦巻く欲望、と言った方が正しい。
 ばさっ。
 セリカは、何も考えずにマントを外した。まるで力つきたかのように白いマントが床に落ちる。マントは、魔術師の防御としての象徴であり、集中の基点であるのだ。
 後に残ったのは袖の短いシャツとキュロット。みずみずしい肌のかなりの部分が外気に触れている、小さな少女としての服装だ。しかしその下には、逆巻く煩悩があった。
 ころん。
 セリカはベッドの上に転がる。敷き布団はあまり厚くなかった。
 足をややM字に開き、両腕を投げ出して、セリカは天井を見つめる。必死で別の思考をしようとするのだが、まるで無駄な抵抗だった。刺激を求めているにも拘わらず報われないセリカの性感帯は、じんじんと痺れてしまっている。あかりが淫乱に身悶えするイメージが、どうしても頭から離れない。
 は…っ、は…っ!
 セリカの呼吸は、どんどん切羽詰まったものになっていった。その度に胸が大きく上下して、せわしなく酸素を求めている。意識が朦朧としてくる。そのくせ感覚だけは異常に鋭敏になり、秘裂に触れているキュロットの生地がほんの少し擦れるのすらわかる。
 ガマン、できない…
 がっ。
 ついにセリカはキュロットの裾を両手でつかんで、思いっきり下まで降ろした。そして、もどかしそうに秘裂の間に指を突っ込む。
 ぐりぐり、ぐり、ぐりぐりっ!
 セリカは大きく口を開けて、声無き嬌声を上げた。
 気持ちいい。気持ち、いい…
 耐えに耐えていたといった感じで、愛液がどっとあふれ出してくる。触手に侵入された時には、粘液と混じってしまって分からなかった。やはりセリカの身体も、一人前に愛しあうための身体を備えているのだ。
 セリカはそれをすくい取って潤滑の液にしようとしたが、全く間に合わず、ぽた、ぽたっとシーツの上に愛液が零(こぼ)れ落ちてしまう。
 逆の手は、シャツの上から乳房を揉んでいた。乱暴な愛撫だったが、セリカはそうしなければ気が済まないと言った様子で、陵辱されているかのような愛撫を胸に加えていく。
 クリトリスに刺激が及ぶと、セリカは全身をひくつかせて悶えた。イメージの中のあかりにそっくりだ。
 やがて、セリカは両膝を立てた状態でベッドに身体を預け、瞳を閉じる。そして右手の人差し指だけをクリトリスに当てて、一心不乱にヴァイブレーションを加えた。
「……!」
 目もくらむようなエクスタシーが、セリカを襲う。同時に、あかりもエクスタシーを迎える映像が頭の中を走り抜けた。
「はーっ…はーっ…はーっ」
 普段の会話よりもよほど大きな音を立てて、セリカは絶頂の喘ぎ声を立てていた。右手の人差し指は、未練が残っているかのようにクリトリスの上に置かれたまま。愛液は、今もシーツの上にしたたり続けている。
 とっとっとっ。
 小さな、小刻みな足音がした。
 とっとっとっ。とんっ。
 まただ。すると、セリカの足首を何か柔らかい毛皮がすり動いていった。
 ……ミューク?
 うっすらと目を開けると、セリカの足の間には確かにミュークがいた。セリカは恥辱に顔をますます染めるが、足を無理矢理閉じるような事はしなかった。あっという間に駆け抜けた自慰行為に、脱力してしまっていたのだ。
「はい、おっけー」
 とっとっとっ。
 また、ミュークが駆けていく音がする。よく見ると、その口には陶器のカップがくわえられていた。取っ手の部分をくわえているが、器用に平行を保って運んでいる。
 かたんっ。
 やがて、ミュークはそれをテーブルの上に置いた。横には、似たような陶器のピッチャーが置いてある。水が汲んであるのだ。ミュークは、水を飲むためのカップを使って何かをしていたのだ。
 セリカは、ふらふらする身体を何とか持ち上げる。
 とん。
 キュロットを上げもせず、セリカは床に立った。
 ととと…
 またミュークが走ってくる。どこから持ってきたのか、口には白い手布があった。
「はい」
 ぱっ。
 ミュークが空中に勢いよく放ったそれを、セリカはつかむ。そして、ミュークの視線から身体をそらす事すらせず、びしょびしょになった自らの秘部を清めていった。恥ずかしがるだけ損であるように思えてきたのだ。
 乾いていた布は、すぐに濡れて湿ってしまった。一枚で足りないという事はなかったが。
 拭き終わると、セリカは無造作にキュロットを上げた。
「気持ちよかった?」
 セリカは答えない。
「そう、すごかったんだね」
 それでも、セリカは答えなかった。
「癖になったらどうしよう…か。まぁ、身体に悪い事はないから、大丈夫だよ」
 秘部を拭いた布をテーブルの上に置くと、セリカはミュークが置いたカップの中を見やる。その底には、やや濁った透明な液体がたまっていた。
「……」
「セリカ、それに伝導液(コンダクション・リキッド)をたっぷり入れて」
「…」
「うん、勝手に取らしてもらったよ。ごめんね。だって、垂れてきてたんだもん」
「…、……、…!」
 何に使うのか、に関してはセリカは全く質問をせず、呪文を唱えた。
 どぷっ。
 セリカの指の先から、水飴のように粘った液体が生まれ、カップの中を満たしていく。ただ、濁りはなく、ほぼ透明だった。その名の通り、魔素の伝導がこの上無く良い液体だ。天然の素材からも作られるが、魔法で合成したものの方が純度が高く、良質なのだ。
 セリカは、コップの9分目まで伝導液を満たした。
「はい。それかき混ぜて」
「…!」
 短い呪文をセリカが唱え終わると、高速でコップの中の液体が回転し始める。風嵐魔法(エア・マジック)の応用編。コップから飛び散りそうになった液も、見えない壁に弾かれてコップの中に戻っていく。セリカの愛液と、伝導液が均一に混ざり合っていく。
「ミュークっ」
 突然ミュークが自分の名を言った。すると、ミュークの額からほの赤い光線が生まれ、ぐいっと湾曲してコップの中に吸い込まれていく。
「もういいよ」
 セリカは魔法を止める。
 なぜかコップの中身は極めて少なくなっていた。、なみなみと液体が注いであったはずなのに、5分の1くらいしか入っていない。そして、色が少しだけミュークの放った光の色に近くなっている。
 ごく薄いピンク色の半透明な粘液。濁りはなかったが、どことなく胡散臭い液体だった。
 とんっ。
「うん、いいねぇ」
 テーブルの上に上がったミュークが感想を述べた。そして、また取っ手をくわえて、持ち運び始める。
「……」
「今回は、ボクがお膳立てしたげるよ。初めてだしね」
「………」
「すぐに戻ってくるよ」
 とっとっとっ。
 ミュークはドアの方に向かっていく。そして、一度コップを床に置いて、顔をドアの隙間にもぐり込ませる。
「じゃあ、待っててね」
 再びコップをくわえたミュークは、少しだけ空いたドアから出ていった。
「……」
 セリカはその隙間も閉じようとせず、ベッドに戻って身体をころんと横たえた。
 睡魔が襲ってくる…今日起こった全ての事を無化するかのように。
 それは、今までセリカが感じたことがないほど幸福に満ちた眠気だった。



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