舞[魔物]


 ぶるぶると…腕の筋肉が震える。
 普段から鍛え抜かれている彼女の筋肉が、痙攣を起こすことなどまずあり得ない。しかし、腕の筋肉は…いや、全身の筋肉が、彼女の制御を離れている。虚空に投げ出されたような感覚が、舞を襲う。
 かしゃん!
 耐えきれない。剣が指の隙間からするりと滑り落ちてしまった。
 しゃん!から…からからっ…
 剣は床を跳ね、彼女から2メートルほども離れたところで動きを止める。リノリウムの廊下の上に、力無く剣が横たわった。
 丸腰の危険な状態に陥ったことすら、認識する力はない。
「さ…ゆ……り」
 その一言が震える唇から零れ落ちた瞬間。舞は自身の身体を支える力を失い、崩れ落ちた。
 かくんと折れた身体は、膝立ちの姿勢に留まろうとする。しかしそれすらもかなわず、舞は前のめりになって頭部を床に打ち付けた。そして全身を小さく丸めるような姿勢でころんと床に転がる。
 衝撃による呆とした感覚が舞の頭を満たす。しかし、舞はその感覚を振り払うほどに冷静ではいられなかった。
 これほどに無防備な状態を晒す事など、通常ならまずあり得ない。確かに、普段から変化に乏しい彼女の表情は、夜の校舎にある時も緊張した色を見せることは少ないと言える。だが、それでも舞がこの暗い廊下に足を踏み入れる際には、どんな変化も見逃さないほどに神経を張りつめさせているのだ。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
 半開きに開いた口から、吐息が漏れ出す。何かが喉に詰まったような、どうしようもない絶望と喪失。
 視界の中には教室の扉が下半分だけ。知らぬ間に滲み出していた涙が視界を乱し、ぼんやりとした色の混交にしか見えない。もっとも、それは舞にとって幸いな事であるはずだった。視界がクリアな光景に覆われることも、目を閉ざして暗闇に覆われることも、彼女の精神状態には耐え難いものであったはずだ。
 無論舞の顔は廊下の脇の方に向いていたわけであり、仮に視界がクリアだったとしても佐裕理の姿が見えることはなかっただろう。視界がクリアになる事、それ自体が危険なのだ。リアリティは、極めて残酷に人の心を切り裂く。現前してしまったリアリティから逃れることは、不可能である。
 どく、どくと心臓の鼓動がいやに響いた。焦燥を煽るその拍動が、ひとつまたひとつと舞の心を崩していく。
 そして、気配が生まれた。
 魔物が現れた…
 舞はそう認識できたにも拘わらず、全く身体を動かせなかった。気力も理性もほとんど0にまで落ち込んでいたのだ。戦わなくてはならないという思いなど毛ほども生まれなかった。
 むしろ、舞の中にあった感情は…
 自傷。
 その、奇妙に透明で紅い欲望。
 かたかた…かたかた…
 何かが揺れる音がする。
 窓だろうか?
 いつもなら音も立てずに忍び寄ってくる魔物が、今晩に限って音を立てている。舞の戦意が完全に失われている事を知っているかのように。舞の心を、絶望に追いやるために最も効果的な手段を探しているかのように。
 かたかた…かたかた…
 極めてゆっくりとした速度ながら、その音は確実に近づいてきていた。ほとんどの知覚と判断力がシャットアウトされている状況で、舞の聴覚だけが異様なほど敏感に研ぎ澄まされている。
 がたっ!がたがたっ!
 そして窓が激しく揺れ始める。暴風が窓を叩いているような激しい音だった。それも一箇所ではない。いつの間にか、音の発生源は複数になっていた。舞と佐祐理を囲い込むように、激しい音響の包囲網が生まれている。
 舞は耳を覆いたかった。しかし手が麻痺したように動かず、それすらもかなわなかった。
 頭から血を流したままの佐祐理は、その音にも反応しなかった。巨大なぬいぐるみと重なり合うように倒れたまま、ぴくりとも動いていない。ロングヘアーとぬいぐるみの生地がべったりと血に染まっていた。
 恐らく、衝撃が来た瞬間にも何が起こったのかわからなかったのだろう。佐祐理の顔には、混乱の残滓が張り付いたままだった。
 だが、舞には佐祐理が何の目的でここにいたのかすらわかっていない。綺麗なリボンに彩られた巨大なぬいぐるみにすら気づかないままに、正常な判断能力を失ってしまったのだ。血を流して倒れた佐祐理を見た瞬間。
 がた…がたっ!
 何かを突き放すような、決定的な音がした。
 舞は、はっとする。
 ありたけの気力を振り絞って、首だけを佐祐理の方に向けた。
 脚を揃えるようにして倒れていたはずの佐祐理の脚が、ぐい、ぐいっと広げられている…
「やめ…」
 かすれきった小さな声。不可視の魔物の力が佐祐理の脚を無理矢理広げている…その目的を感知した瞬間、舞は震える身体を何とか立ち上がらせようという意志を生む事が出来た。
 がづっ!
 しかし、遅すぎた。
 舞の身体が再び廊下に崩れ落ちる。頭を激しい衝撃が襲ったのだ。
 どっ…
 全く反応できず、舞は重力に引かれてただ倒れ込む。
 血が出ているかも、しれない。佐祐理のように。しかし、もはや舞にとってそんな事はどうでも良かった。
 今度は佐祐理の方を向いて転がったため、佐祐理のスカートの中が舞の目にもはっきりと移っている。非常灯、淡い緑色の光に映されて。
 この空間において、清潔な雪明かりはきっぱりと遮断されていた。
 び…びびっ。
 無惨な音がして、無理矢理引き伸ばされた佐祐理のショーツが破れる。何の手加減もない。ただ、ショーツの二箇所を固定してそれぞれ逆側に馬鹿力で引っ張っただけだ。見えない魔物が。
 未だ意識を取り戻していない佐祐理の身体は、魔物の前に晒されている。しかも、最も守るべき大切な部分を露わにしたままで。
 もちろんスカートの影になっている佐祐理の秘裂は、舞の目にはっきり見えるわけでもない。それでも、最愛の友人が汚されようとしている瞬間が近づきつつある事は、明晰に理解できた。そんな理解力だけは回復していたのだ。身体は一向に動かせないと言うのに。
 佐祐理の脚が、今一度広げられた。
 ぬちゅっ…
 粘液質の音がする。
 それは正確に佐祐理のスカートの内側、中央部分から響いてきたものだった。魔物が出した音なのだ。
 舞がこれまで戦ってきた中で、魔物を斬り裂く剣がねばりのある感触を返した事など一度もない。戦った後に、液体がしたたっていた事などもない。でも、佐祐理と舞を襲っているのは、間違いなく舞がこれまで戦ってきていた魔物なのだ。
 不可視で、この学校に現れる魔物など、一種類しか舞は知らないのだから。
 ぬち…ぬぷっ…
 重苦しい、液体の音が続いていく。
「んくぅっ…!?」
 佐祐理が鋭い声を上げて目を覚ました。
「あ…あっ!?い…いた…いたいっ!」
 反射的に佐祐理の手が秘部に侵入してくる「何か」を払おうとする。足がばたつく。起きた瞬間にこれだけ身体を動かせる所を見ると、佐祐理は単に気を失っていただけのようだった。
 しかし、佐祐理の手は空しく宙を滑った…いや、自分の秘裂に既に埋め込まれている、ぬとりとした物質に触れただけだった。佐祐理は必死でそれを引き抜こうとする。しかし、ヴァギナの入り口から少し深いところに侵入した「何か」は、つまめる所もないし、引き抜くための手がかりと出来る部分などもない。
「な、なにこれ…いやぁっ!」
 佐祐理は立ち上がろうとする。しかし、それは許されなかった。がっしりとした力が佐祐理の両足をつかみ、離さない。立つどころか、動かす事すら不可能だった。
「い、いや…抜いてっ…いたいっ…」
 普段の様子とは打って変わり、取り乱した佐祐理の姿。当然だ。何が起こっているのか認識する間も無く、処女が奪われたのだから…
 必死でヴァギナに埋め込まれた「それ」を抜こうとする。流れ出した破瓜の血が、佐祐理の指に絡む。
 それは無駄な努力だった。それどころか、最初はピンポン玉くらいだった異物感は、段々とサイズを増して佐祐理の胎内をじわじわと犯しつつあったのだ。
 ほとんど球形だったのが、段々と長く伸びた形になっていく。少女を犯すための男根の形態に疑似するように。
「はぁ…くっ…」
 いくらやってもムダだという事がわかってくると、改めて激烈な痛みが佐祐理を襲ってくる。暴れている間は気づかなかったが、頭部にある傷もずきずきとした痛みを持っているのだ。
 確かにヴァギナに侵入してきたものは粘液に濡れていたようだが、それは佐祐理の苦痛を和らげる事においてはまるで役立たなかった。むしろ、傷口にじくじくと染みるのだ。
 ぐぢゅ。
「………」
 そして、ヴァギナの最も深いところを衝かれた瞬間、佐祐理は精根尽きたかのように真後ろに倒れてしまった。気絶したわけではないが、精神に限界をきたしてしまったのだ。常人よりも、明らかに強い精神力を備えているはずの佐祐理が。
 ぽむっ。
 ぬいぐるみがあったので、廊下に直接頭をぶつける事はなかった。
 ぬいぐるみ?
 舞はその時、初めてぬいぐるみの存在に気づいた。
 いかに想像力の鈍い舞と言えど、そのぬいぐるみに施されたリボンの装飾を見れば、それを一つの答えに結びつけるのは難しい事ではない。
 すなわち、ここで展開されているのは血塗られた、汚された祝いの時なのだ。
 ぽた…
 今更ながら、舞の瞳からはっきりとした涙の雫がこぼれ落ちた。この場に足を踏み入れた時からうっすらとにじんでいた涙が、明確に粒を結んで床へと落ちた。
 だが、舞は悲しみを感じる以上に、どうしようもなく高ぶっていた。性的な興奮というわけではないし、喜びの感情など、カケラも感じられるはずがない。にも拘わらず、舞の身体は奇妙に熱かった。
 解放されたような。カタルシスを感じていると言うのが最も正しい表現かもしれない。
 その不合理な感情をどうする事も出来ず、ただ舞は倒れ伏したままに熱い涙を感じていた。
 ぐぢゅっ。
 そういった、複雑に錯綜した心の動きを無化するかのように、おぞましい粘液の音が舞に近づく。
 ぐぢゅり。ぐぢゅっ。
 床の上を粘液が這っているような音だった。もちろん、姿は見えない。
 べと。
 そして脚に、ぬとっとした不快な物体の感触が生まれる。
 べと。べと。べとっ。
 一箇所だけではなく、複数のところに。ぼとぼととヒルが落ちてきたかのように、舞のすらりと長い脚のあちこちに粘った感触が張り付く。
 それはぐにゅぐにゅと蠢きながら、舞の脚を確実に這い上がってきた。
 麻薬中毒者の見る幻覚のように。舞はこの上ない悪寒を背筋に感じた。しかし、振り払う事もできないし、立ち上がって逃げる事も出来ない。出来ないのだ。
 ぐちゅ…ぐちゅっ。
 段々と粘液が分泌されていく。舞の脚のあちこちを、刺激性の粘液が伝う。舞はこの夜の校舎で幾度も闘いを繰り広げてきたにも拘わらず、脚にほとんど傷を負っていなかった。だから、なまめかしい白さと張りを備えた脚は、粘液が伝っても激しく痛みを感じることはない。
 それでも、大量の液に濡らされていく内に、脚のほとんどの部分はぴりぴりとした感覚を帯び始めていた。その感覚は、段々と上に上がっていく。すぐに舞のスカートの中に侵入し、太股を徐々に這い上がってくる。そこから下の部分は、粘液のもたらす刺激に麻痺したかのようになっている。
 舞は気づいていなかったが、粘液の触れた部分のスカートは生地が冒され、繊維がぼろぼろと崩れ始めていた。次第に、舞のスカートは原型を止めないまでに破れていく。あちこちにあいた大きな穴がつながり、しまいには切れてしまった。
 にゅるっ。
 ショーツの所まで粘液がたどりついた時には、舞のスカートの前半分はほぼ無くなっていた。白いショーツが怯えたように秘裂を包み隠しているのが、淡い光のなかで全部見えてしまっている。
 にゅ…にゅるっ
 舞のショーツに粘液が這い上がる。それはスカートの生地と全く同じく、溶けるように崩れ落ちていった。あっという間にショーツがボロ布のようになり、舞の秘裂が空間にさらけ出される。
「……っ!」
 股間に、激痛が走る。粘液が秘裂の隙間から入り込んできたのだ。粘膜が冒され、ずきずきとした感覚が生まれる。舞は初めて表情に苦痛を表す。
 じゅっ、ぬちゅ。
 申し訳程度に生えていたヘアーも、粘液でみるみるうちに溶けていってしまった。佐祐理を犯していた時よりも、さらに強烈な刺激を持った粘液であるらしい。
「あ…ぐぅっ…」
 粘液は容赦なく舞の秘裂の中に侵入してきた。焼くような痛み。粘膜がただれてしまいそうな危険な刺激。舞は耐えがたい苦痛に顔をゆがめた。
 しかも、その痛みを増幅するかのように、ヒルのような魔物は舞の粘膜の中をごりごりと撫でる。
「うぁ…ぁっ」
 少女のいたいけなクリトリスも。
「く…かはぁっ…!?」
 無惨に広げられた舞の割れ目は、痛々しく腫れ上がってしまっていた。切り裂かれるのとも違う、殴打を受けたのとも違う、存在の奥底に侵入してくるような陰湿な痛み。
 それでも舞は気絶できなかった。痛みを受けるほどに意識は遠のくどころか、明晰になっていったのだ。身体を動かす事は出来ないのに。
 ……ゆう…いち…さゆ…り……
 ずん!
 唐突に、異物の挿入感が生まれる。
 ヴァギナだけでなく、アナルにも。
「ぎ…ぐっ!?」
 舞は獣のような声を上げた。
 処女が奪われつつある、という瞬間は存在しなかった。一瞬にして二つの箇所に魔物が侵入したのだ。さきほど脚を這い上がってきた魔物と同じとは思えないほどに固い感触の魔物が。
 ず…ぐぢゅ…ぢゅ…ずるっ
 無茶な抽送が繰り返される。強引に開通させられたばかりの器官に。
 鮮血。佐祐理のように破瓜の血というだけではない。裂傷からの出血だ。舞は茫然自失の状態だった。目はほとんど白目になっており、口からは涎が垂れている。苦痛の声すら上げられない。
 舞には、もはや理性というべきものは存在しなかった。あるのは、常軌を逸した激痛と、早く殺して欲しいという感情だけ。
 しかし、無情な抽送は繰り返される。
 ず…ずぶ…ずぶ…ず…ずぶ…ず…
 ………………………………………
 たっ!
 乾いた音。
「舞っ!?」
 粘液質に完全に覆われていた空間に響きわたる、凛とした声。
「舞…佐祐理さん!?」
 それは舞の知った声だった。
 ………ゆ…う…い……ち……
 心の中で弱々しく生まれた、微かなつぶやき。
 その瞬間、舞が感じていた異物感が消滅する。
 ヴァギナと、アナルに挿入されていた物質の感覚は消え、粘液のずきずきとした痛みだけが残る。それだけでも、尋常ではない痛みなのだが…
 …魔物は、消えていた。
 たったったったっ…
 こちらに駆けてくる音がする。
「くそっ…くそっ!」
 祐一の、悔やみと焦りに満ち満ちた声。
 舞は、愛すべき人が近づいてくる時に、無惨に犯された秘裂を覆い隠す事すら出来なかった。