あかり[幸福]


(以下のストーリーはこのSSの作者の解釈によるものです)
 高校生藤田浩之は、幼なじみである神岸あかり長岡志保達と、ごく普通の日々を送っていた。
 あかりと浩之の幼なじみという関係は恋人関係に発展しそうでなかなか発展していなかった。しかし、同級生の矢島があかりへの恋心をうち明けたことなどをきっかけに、浩之はあかりへの恋心を意識するようになる。そしてあかりと浩之は一線を越えた。
 だが、初めて抱き合う時に浩之は勃起する事が出来なかった。それが自らの思い切りのなさだと理解したとき、浩之は再びあかりと抱き合い、恋人同士としての関係を築いていく勇気を手に入れる。
 そして数ヶ月が経った。

「あっ…」
「どうした?」
「ねえ、浩之ちゃん、あれ見て」
 あかりは道路の向こうにある店を指さした。
 チェーンのドラッグ・ストアだ。ただ、中に商品は陳列されていない。昼間から皓々とした照明をつけ、「健康食品」から「洗顔用品」まで、大小さまざまな札がつけられた棚が並べられているのだが、そこの中に一切商品が並べられていないのだ。近く開店するといった雰囲気だった。
「つぶれちゃったんだね…」
「そうだな」
 国道の片側で立ち止まった二人の横を、ひっきりなしに車が走り去っていく。この道の交通量は、朝から深夜まで結構あるのだ。
「残念だな、ここの本屋さん好きだったのに」
「確かに、ここに潰れられるとちょい不便だけどなー。雑誌買うのにわざわざ遠回りしなきゃなんねーし」
 浩之が言っているのは、商店街の方にある本屋の事のようだった。
「ここ、お料理の本が結構多かったんだよ」
「んなものに店ごとの違いがあるのか?」
「うーん…ちょっとは違うと思うよ。あと、すごく大きくて分厚い本が一つあって、それを立ち読みするのが好きだったの」
「買えばいーじゃ…って値段か」
「うん、6000円…『オールカラー・家庭の本格風料理100選』だって」
「料理の本の値段じゃねーな」
「だから、たまにこっそり見てたの。あんまり長くいると怒られちゃうから、一つの料理だけ見て」
 あかりは、何かずるい事をしているような、笑みをこらえた表情で言った。
「そこまで気にしてないだろ。店員も」
「でも、お店の人から見える位置だったし…」
「気にしなきゃいーんだよ。でも、その本も今は無いわけか」
「そうだね…そういう本って、どこに行くんだろう…」
「捨てるわきゃないけどなぁ。出版社に返す…でも、本屋が潰れる度に全部引き取ってられないよな」
 浩之は歩き始める。
「どうなるんだろうね」
「わかんねーよ。出版業界に就職する気はねーし」
「志保、マスコミ志望なんだって」
「バカか。あいつが記者になったところで、ガセネタ流しまくるだけだろ。それに、ロクに勉強もしてねーし。三流週刊誌の芸能記者がせいぜいってとこだな」
「三流週刊誌って、どういうの?」
「うーん…」
 言ってしまってから、浩之は何も思い浮かんでこない事に気がついた。
「とにかく三流。嘘しか書いてない。芸能人の誰が浮気したとか、UFOを見たとか」
 適当に言う。
「そんな雑誌、見たい人っているのかな」
「俺には分からないけど…好きな奴ってやっぱりいるんだろ。あ、志保とか」
「そう?」
「間違いない。志保が持ってくるネタのバリエーションの中に、芸能ネタもあるじゃねーか」
「でも、私たちがしゃべって面白がっているのはいいけれど、日本中にそういう話流しても信用されないんじゃないのかな」
 あかりは、なぜか心配そうな口調で言った。
「俺達も志保の話信用してねーだろ」
「たまに、合っているのもあるけど…」
「あのな、100個ある内1個が合っていても全体の情報の価値はゼロだろ」
「でも、志保はマスコミっての本気みたいだったよ」
「そしたら、俺は縁切るな。あんな知り合いがマスコミにいたら、何書かれるかわからねー」
 一体何を書かれるというのか謎だが、浩之はそう断じた。
「浩之ちゃんは、何になりたいの?」
「未定。大学も決まっていないのに、んな事言えるか」
「でも、将来何になりたいかは進路を考えるとき大切だよ…」
「センセー連中の言う事真に受けるんじゃねーって。俺達のレベルじゃ、どこの大学受かったって就職に大した差はないんだよ」
「浩之ちゃん、頑張って上の大学行かないの?」
 あかりが、浩之の方を見つめながら言う。少し真剣な目だった。
「行けるわけないだろ。テストの話とか引き合いに出すなよ。あんなの、要領の話なんだから」
「そうなのかな…」
「あかりはどうするんだ?家政科とかか?」
「ううん、大学は普通のところに行こうと思っているんだけど、浩之ちゃんは?」
「俺も。普通のとこってだけは確定してる。あと、家から近いのが絶対条件」
「私もそうだよ」
「そうだよな。やっぱ」
「お前と同じとこでも、いいかもな」
「うん…」
 あかりは頬を染めて、曖昧な相槌を打った。
 ほどなく、二人は国道から道を折れ、路地に入っていった。
 そして、
「じゃあな」
「うん」
 いつものように別れのあいさつをして、二人はそれぞれの帰途につく。


「あっ」
「ん?」
 別の日、昼下がりのヤクドナルド。
「なんだ、志保じゃねーか」
 浩之は興味なさそうに言ってから、ヴァリューセットのスプライトを一口飲む。
「誰かいるかなーと思ったら…よりによってヒロとはね」
 志保はトレーをテーブルに置くと、浩之の向かいの席に座る。2人用テーブルを2つくっつけた4人席だったが、この時間になると客もまばらで、とりたてて問題はないようだ。
「別に、お前に会いに来てたわけじゃねーよ」
「っさいわねぇ」
 志保は赤いパッケージを破って中のパウダーをポテトの袋に入れ、上下にシャカシャカと振り始める。
「うるさいのはお前だろ」
「いいでしょ、あたしの勝手よ」
 ひとしきり振り終わると、志保は中からポテトをつまんで口の中に放り込む。
「んなもん、金の無駄だと思うけどな」
「たかだか10円でしょ。気にするレベルじゃないわよ」
「そうやって食っている間に、いつの間にかすげー金額になってるんだぞ」
「なるわけないでしょ!」
 志保はポテトの袋を置いて抗議した。
「こないだだって、金欠だってピーピー言ってたじゃねーか」
「あれは仕方ないの!みんなで同じCD買うなんて話、抜けられるわけないでしょ」
「そうやって八方美人やってるから、いつもめんどくさい事になるんだろ」
「余計なお世話よ!」
「頼むから、俺にとばっちりが来るのだけは勘弁な」
 浩之はそう言って、志保のポテトの袋からポテトをつまみ出す。
「あーっ!」
 志保が声を上げた時には、3本のポテトが浩之の口の中に収まっていた。
「ふむ…意外と悪くないな」
「何やってんのあんた!」
「だって、俺のポテトもう全部食っちゃったし」
「こっ…この貸し、小さくないと思いなさいよ」
 志保はポテトを一気に4、5本つまんで口に入れる。
 浩之は涼しい顔でスプライトを飲んでいた。
「ってそうよ!ヒロ、言っておかなきゃならない事があったわ」
「なんだよ、ポテトぐらいで」
「そーじゃなくて!こないだから言おうと思ってた事」
「お前、俺を見たときに『よりによって』とか言ってたろ?」
「ヒロが無意味に嫌な反応するからでしょ!ちょっと聞きなさいよ」
「へぇへぇ」
 浩之はイスの背もたれに寄っかかって志保を見る。
 志保は一瞬怒った顔を見せたが、口には出さなかった。そして、思い切ったようにしゃべりだす。
「あんた、あかりの事、きちんと考えてるの?」
「んあ?」
「あかりの事よ」
「あかり?」
「あかりよ!あんたまがりなりにもあかりのダンナを自称してるんでしょ?」
「なんだよ。『まがりなりにも』とか『自称』とか…」
「いちいちうるさいのよ!あんたは…っていうか、ホントにそうよ。『まがりなりにも』でもなくて、『自称』でもなくて、きちんとお互いに認め合った恋愛の関係になっているのかって聞いてるの」
「そりゃあ、まぁ…」
 真剣な口調になった志保に、やや戸惑いつつも答える。
「ほんっとーに、そう思ってるの?」
「…俺はそう思うけどな」
 浩之は、やや言葉を濁した。
「…あんたねぇ」
 志保はたんたん、とテーブルを叩く。
「それって、あんたが一方的にあかりに依存してるだけでしょ?」
「なんでだよ」
「なんで…って、じゃあ、こないだの週末、ヒロは何してたのよ?」
「土曜は家でごろごろしてた。日曜は雅史の試合見に行った」
「あかりと?」
「ああ。あと、千恵美さんも」
 浩之は雅史の姉の名を挙げる。
「…じゃあ、その前の週末は?」
「土曜はちょっと腹壊したから、家でマンガ読んでた。日曜はお前とカラオケだろ」
「あれ?そうだった?」
「勝手に電話掛けてきといて、何言ってんだよ」
 志保は指で自分の頭をこんこんとこづいた。
「あ、そうね」
「だろ」
 浩之はまたスプライトを飲んだ。それを見て、志保は少しイラついた様子を見せる。
「…ほら!あかりはどうなってるのよ?」
「ほとんど不可抗力じゃねーか。あとは付き合いとか。それこそ、お前とのも」
「だからって、自分の彼女の事をほっといていいってわけじゃないでしょ」
「でも、結構一緒に帰ったりはするけどな。あと…」
 浩之が虚空に視線を泳がせる。
「あと、なんなのよ?」
「いや、なんでもない」
 志保は浩之の目ををじーっと見つめた。浩之の身長が高いため、どうしても見上げているようになってしまうが。
「…ねぇ」
「なんだよ」
「あかりと、いつも寝てるの?」
 浩之の表情が、初めて気まずそうなものになる。
「たまにな」
「どんくらいよ」
「俺の家、まだ両親が帰ってきてねーんだ」
「誤魔化さないの!」
「なんで、お前にそんな事言わなきゃなんねーんだよ」
「さっきのポテトよ」
「あのなぁ…」
 浩之は呆れた声を上げるが、強引に話題を逸らすだけの図太さはないようだった。
「たぶん…週に1回か2回ぐらいじゃねーか」
「あ・ん・た・ねぇ!」
 浩之はまたスプライトを飲もうとしたが、空だった。わずかに溶けた氷水を吸い上げる音だけがする。
「あかりのカラダが目的だったの?」
「ちげーよ」
「なんで、一緒に出かけるより寝る方が多いのよ!」
「そりゃ…あかりも喜んでるみたいだし」
「………」
 志保が少しだけ口ごもった。
「どうかしたか?」
 浩之が、志保を見る目を微かに細める。
「典型的ね!男の一方的な決めつけ!最低!」
 声がややうわずっている。
「…知らねーよ」
 浩之ががたっと音を立てて立ち上がった。そして、少々乱暴な手つきでトレーをつかむ。
「ちょっと!…とにかく、あかりにもっと優しくしてあげなさいよ」
「わかったよ」
「わかってないわよ、その口調は」
「わかったっての」
 浩之は志保の方も向かずに言う。
 やがて、浩之はトレーを片付けて1階の方に下りていってしまった。
「…ったく」
 志保は、手つかずにしていた甘辛い醤油味のハンバーガーの包み紙を剥いて、かぶりつく。もうかなり冷めてしまっていた。
「あー!ムカツくっ!なんであたしがこんな思いしなきゃなんないのよ」
 周りにちらほらといる人間も気にせず、志保は愚痴った。そして、何か喉につっかえたような感覚をコーラで一気に流していった。


 また別の日。
 だっだっだっ。
 浩之はモップを掛けながら廊下をダッシュしていた。
 階段のところまで行くと、モップの柄をくるりとターンさせて、横にスライドさせてから元来た廊下を再びダッシュする。よくある、掃除とストレス発散を取り違えた風景だ。
 しかも、モップには灰色の綿埃がやたらとたくさんこびりついていた。丁寧に水洗いすれば取れるのだろうが、そんなボランティア精神に富んだ人間はここの掃除当番にはいなかった。それに仮にやったところで、湿ってしまって「モップかけのスピードが落ちた」と次の掃除当番に恨まれるのが関の山だ。
 というわけで、浩之は埃をかき集めてまた落とすという作業を極めてスピードに富んだ動きで行っていた。こんな人間が多いから、職員会議で教頭が「先生方のチェックを徹底してください」などと言うことになるのだ。
 しかし、ここのチェッカーはズボラで有名な山岡先生だった。結果、掃除は1分30秒あれば終了する程度のものになる。
 浩之が廊下を一往復し、三回目のダッシュに入る。
 だっだっだっだっだっだっだっだっ!
 意味もなく速度と足音にクレッシェンドをつけながら、浩之は豪快に飛ばした。すぐに階段のところまで達し、4回目のダッシュに…
「うをっ!?」
 と、階段の所から突然誰かが出てきた。浩之は慌ててストップする。
 出てきた方は少し体をのけぞらせただけで、落ちついている。
「なにやってんだよ、藤田」
「…あー悪ぃ、速攻で掃除中だ」
 出てきたのは矢島だった。
「ヒマだな」
「悪かったな」
 浩之は、矢島と並んで歩きながらモップをかけ始める。
「…あ、そうだ」
「?」
「矢島、ちょい聞きたいことあるんだけど、いいか?」
「ああ?」
 矢島が肯定の返事をする。
「なぁ、俺ってそんなにあかりに無愛想に見えるか?」
「なんだよ、一体」
「なんだって言われてもなぁ…なんか、気になった」
「俺に聞くような話か?」
「あ、まだお前あかり諦めてなかったのか?だったら悪い」
「そりゃあ、一度好きになった子をそこまで簡単に割り切れないってのはあるけどな。別に特別な感情はもう持ってない」
「そうか」
「そうだなぁ…」
 矢島は浩之から視線をずらし、正面を見る。
「なんか、お前と神岸さんみたいな関係、あこがれではあるよな」
「あこがれ?」
「そう。何も言わないでもわかってるみたいな」
「そう見えるのか?」
「最初はお前が神岸さんとくっついたの見て、お前って嫌な奴だと思ったけどさ。つきあってるの見てるうちに、似合いすぎだなって思うようになったわ」
「そ、そうか…」
 浩之も矢島から視線を動かし、正面を見る。
「お前のキャラがいいのか、神岸さんのシュミなのかわかんないけどな。やっぱ恵まれてるよ、お前」
「そうかもな」
 二人は視線を交わさずに会話を続ける。
「…ちょっとは照れろよ、こいつ」
 ばんっ。
 矢島が浩之の尻を思いきり叩く。
「ってー」
「上等だ」
 二人は、2−Bの教室の前まで来ていた。矢島がドアを開けて入ろうとする。
「あ、矢島。さんきゅ」
「知らねーよ。神岸さん大切にしろよ」
 クラスの中には聞こえないよう、小声だった。
「わかった」
 矢島は引き戸のドアを開きっぱなしにしたまま、教室の中に入っていく。
 浩之はそのまま5mモップかけを続けてから、モップを掃除用具置き場にしまいにいった。そして、少し気怠そうに職員室に向かう。
 階段を下りながら、浩之は両腕を組んで後頭部に回していた。
「あれ?浩之ちゃん?」
「ん?あかり?」
 浩之が周囲を見回す。
「こっちだよ」
 あかりが階段の下から、踊り場に姿を現した。
「何か、考えごと?」
「別に」
 浩之は組んでいた腕を下ろす。
「山岡センセのとこにチェック頼みに行くだけ。つーか、2年になってもチェックあの人だと助かるわ」
「掃除は、きちんとしないと駄目だよ…」
「それは、お前に任せる」
「もう…」
 たんたんたんっ。
 浩之は、一段飛ばしで階段を駆け下りる。
「じゃ、行ってくるわ」
「うん」
「…と、あ、そうだ」
「なに?」
「今日、ヒマか?」
「…うん、大丈夫だよ」
 あかりが、微笑みながら少し頬を赤くする。
「浩之ちゃんのお家?」
「うーん、まぁ、それもそうだけど、どっか行かないか?その前に」
 浩之は手すりに体を預けて聞いた。
「どこか?ごめん、私、家におじさんが来るから、そのまま家に帰らなきゃいけないんだ…」
「え?お前今、今日ヒマだって言ったろ」
「夜は大丈夫だから…それでいいと思ったんだけど。浩之ちゃんの家、私が直接行くのじゃだめ?」
「ん、ま、まぁ、別にそれでいいけどな」
 浩之は何か拍子抜けしたような顔になる。
「じゃ、夜にまた」
「うん、電話するね」
 そう言って二人はすれ違う。
 浩之は、なんとはなしに小走りになっていた。
 職員室につくと、山岡先生はおらず、結局掃除チェックはナシだった。


 ピンポーン。
 浩之は、バスタオルを首に引っかけたまま玄関に向かう。
 がちゃ。
「こんばんわ」
「ああ」
 あかりは、浩之の格好に目をみやる。
「上がったばっかりだったんだね」
「電話が来てからだったからな」
「じゃあ、お邪魔します」
 あかりの髪も、少し湿り気を帯びているようだった。
「お前、しっかり乾かさないと風邪引くぞ?」
「ドライヤーざーっとかけてきただけだから…急いでいたの」
「仕方ないだろ。今日は」
「どたばたしちゃうね。ごめんね」
「しょうがないだろ、俺も急に言ったんだし」
「ううん、私も浩之ちゃんの家に来たかったから…」
「本当にか?」
 あかりが少し不思議そうな目をする。
「うん、本当だよ」
「そうか…いや、なんでもない」
「今週は、まだ一回も来ていなかったもの」
「そうだよな」
 浩之とあかりは、二人で階段を上がる。
「前来たの、先週の月曜日だっけ?」
「そうだよ。だから、もう10日経ってるね」
「そっか」
 そして、二人は電気を点けたままだった浩之の部屋に入った。
 あかりは時計に目を向ける。
「いられるの、一時間くらいかな」
「ああ」
 浩之も時計に目をやると、8時を回っている。
「今度は、ご飯も作りに来てあげるね」
「頼むわ。メチャクチャ助かる」
「ふふっ、じゃあメニュー考えておくね。前に言った料理の本で、私でも作れそうでおいしそうなのあったから」
「予算はいくらでもOKだぞ」
「だいじょうぶ、そんなに掛からないよ」
「お前、料理に関しては本当にパーフェクトだな」
「だって、浩之ちゃんに作って上げるの、好きだから…」
 あかりは浩之に歩み寄る。
「時間ないから、もう…いい?」
「そうだな…」
 浩之も一歩あかりに歩み寄る。そして、浩之を見上げてから目を閉じたあかりに、唇を近づけていった。
「ん…」
 あかりと浩之は、軽く唇を合わせたまま、ゆるやかに抱きしめ合う。
 二人はそのまま、お互いの柔らかな感触をじっと味わっていた。それと同時に、あかりの方は、風呂上がりの浩之の心臓がどきどきと高鳴っているのも感じていた。
 しばらくして、浩之が舌を出してあかりの唇を舐める。幾度か繰り返すと、あかりは唇を開いてふっと吐息を吐き出した。その間に、浩之は舌を差し込む。
 あかりの腕の力が少し抜けたのを感じつつ、浩之はあかりの口の中へできるだけ深く舌を入れる。やがて、あかりの舌と浩之の舌がぴとっとくっついた。
 浩之がゆっくりとそれを舐める。あかりはそれに舌で応えることは出来なかった。ただ、少し吐息を苦しそうにしながら、浩之の愛撫を精一杯感じる。
 本格的に苦しそうになったところで、浩之はあかりから離れた。
「はぁ…」
 あかりが、詰めていた吐息を吐き出す。
「浩之ちゃん…するよ?」
「ああ、頼む」
 はぁ、はぁと息を整えながら、あかりは少しずつ身体を沈ませていく。そして、浩之の前で膝立ちの姿勢になった。
「もう膨れてる…」
 あかりはズボンを突き上げている浩之の股間の部分に手を添えて、何回か撫でた。犬か猫が手を動かしているような、中途半端な動き。意識してやっているのかどうかは分からないが、その方が浩之の欲望を誘うのは間違いない。
 …かちゃ
 小さな音がして、浩之のズボンのホックが外された。そして、あかりはチャックを下ろす。ゆったりとしたズボンだったため、それだけで全体がすとんと下まで落ちる。
 あかりは、より露骨にその形を露わにした浩之のペニスを、トランクスの上から触る。先端をつつくようなさわり方。さっきと同じように、あまり慣れていないような動かし方だった。
「熱いね…」
「風呂上がりだからな」
「ここからでも、もう分かるよ…」
 もう何回か触ってから、あかりはトランクスを脱がせた。トランクスに引っ張られてぶるんとペニスが大きく揺れたが、すぐに上を向いて直立する。
 あかりは、右手を伸ばしてペニスに触れようとした。しかし、思い直したようにその手を太股に置いて、支えにする。そして、舌を直接ペニスに向けて近づけていった。
 ぺろっ。
 「幹」の部分の、先端と根本の中間地点を舐める。あまり強くはない刺激だったが、最初に突然与えられた刺激なのだ。浩之はペニス全体にもどかしい快感が走るのを感じた。
 舌は、それだけで離れてしまった。あかりは左手をペニスの近くに近づける。だが、どこに触れるか迷うかのように、あかりの左手はペニスの直前の空間を上下左右に彷徨う。
 結局左手が向かったのは、浩之の睾丸だった。もちろん、強い刺激を与える事はしない。むしろ、フクロの部分が垂れるのを左手で支えているというくらいのものだ。あかりはそのまま転がす…いや、左手でフクロ全体を左右に小さく揺する。それと、右手で太股をさする動きを合わせる。
 繊細だが、煽情的な愛撫だった。浩之は満たされない欲望が悶々と自分の性器に高まっていくのを感じる。
 浩之は、はっ、はっと小刻みに息を吐き出していた。身体が熱を帯びているせいもあって、性欲と性感が高まるほどに酸素が足りなくなっていくのだ。
 あかりは、また舌を使おうとしていた。
 しかも、何を思ったか、根本と先端の部分をそれぞれの手できゅっとつかむ。無論、あかりも敏感な部分を刺激している事は知っているから、それほど強い力ではない。それでも、いきなりつかまれれば、男の方には驚きと不安、それから押し殺した快感が生まれてしまう。
 そのつかんだ部分の中間地点、最初に舌で触れた「幹」のところを、あかりはぺろぺろと舐め始めた。最初のように一回だけというわけではない、連続した動きだった。かと言って動物のように激しい舐め立てということもなく、ソフトタッチのゆるゆるとした舐め方。
 あかりは、その動きを飽きもせずに一分以上続けた。浩之はたまらず、先端から透明な液をにじませてしまう。あかりはそれにも気づかず、延々と弱めの刺激を続けていた。
 そして、つつっと浩之の液がペニスを伝い落ちて、初めてあかりは浩之のペニスの高まりに気づいた。
「ごめんね」
 あかりが顔を一度上げて、詫びる。すぐに舌を大きく出すと、それで先端部分をべろんと舐め上げた。唐突に起こった大きな刺激に、浩之は思わず身体を少し震わせる。
 続いて、液体が垂れた方に舌を当てて、つーっと先端の部分まで舐め上げて液体をぬぐい取った。再び激しい刺激が生まれる。そのまま、あかりは浩之のペニスをくわえ込んだ。
 柔らかく温かい真綿に包まれたような感覚が生まれる。
 あかりは口をすぼめたり広げたりして、口腔全体がペニスにまとわりつくような刺激を与えた。何回かおきに、舌で先端から生まれる液体をすくう。
「あ、あかり。もう、俺ガマンできねーっぽい…」
 浩之が声を漏らすと、あかりはペニスから口を離した。
 ゆらりと立ち上がると、あかりは着ていたTシャツを脱ぎ、スカートもあっさりと脱いでしまった。ブラジャーとショーツも、躊躇無く脱ぎ、簡単に畳んでから床に置く。
 そしてあかりはベッドに上がり、横たわって浩之を待った。浩之もそれを追ってベッドに上がる。
 浩之はあかりにのしかかると、二つの膨らみに手を当てた。全体をくいくいと揉む。時折、ぐるっと回すような動きを加えたり、乳首をつまんでみたりする。
 そうするうちに、段々あかりの乳首が立ってきた。浩之は重点的に乳首の方を愛撫するようにする。すると、ますます乳首は固く尖り、浩之の愛撫にもくりくりとした感触を返すようになる。
「そろそろ…いいよ…」
 あかりがかすれた声で言う。
 それを聞いて、浩之は自分の身体を少し下にずらし、あかりの股間にペニスを近づけていった。
 まず指先でヴァギナを確かめてみると、潤いを帯びているのがわかる。
「いくぞ」
「うん」
 そして、浩之はペニスをヴァギナの入り口にくっつけた。
 全身を突き出すようにすると、少しずつあかりの中にペニスが入っていく。
「ん…んっ」
 あかりが目を閉じ、少しだけ苦しそうな声を出す。
「だいじょうぶか?」
 全部入ったところで、浩之が声をかけた。
「うん…平気だよ…あと、今日は、大丈夫な日だから、浩之ちゃん…」
「わかった」
 できるだけ静かに浩之は抽送を開始する。ずっ、ずっと出し入れする度に、あかりの粘膜は熱く浩之のペニスに絡みついてくる。
「今日の浩之ちゃん…熱い…」
「あかりも…いつもみたいに、熱い…」
 熱に浮かされた二人は、自分の感じる感覚をただあるがままに描出した。
 ヴァギナの中はあまり広くない。しかし、窮屈なだけに浩之が得る快感は大きかった。段々動きを速くすると、あかりの締め付けも強くなる。相乗効果のように、浩之の得る快感は大きくなっていく。
「あ…浩之ちゃんのが入ってる…入ってるよぉ」
「あかり…あかりの、すげえ気持ちいい」
「う、うれしいよ…うれしいよ、浩之ちゃんが気持ちよくなってくれるの」
 浩之はがんがんと、思い切り腰を打ち付けた。
「あっ、あっ!浩之ちゃん!浩之ちゃん!」
 あかりが感極まった声を上げる。
「あかりっ!あかりっ!愛してるっ!」
 濃厚なフェラチオのためか、限界は近いようだった。
「わたしもっ!わたしもっ!浩之ちゃん、大好きっ…」
「あかりっ…」
 浩之がぎゅーっと腰を入れて、ばたんとあかりに倒れ込んでいった。
 びゅ、びゅ、びゅっ、と速いペースでペニスが脈を打つ。その度に、熱い液体があかりの中に送り込まれていく。
「ふぁ…」
「あ…はぁ…」
「浩之ちゃんの、中に出ているのわかるよ…」
「あかり…」
「好き…」
「俺もだ…」
 そして、浩之はずるっと小さくなった自分のペニスを引き抜いた。
 後に、自分の出した白い液がヴァギナから垂れてくるのがわかる。
 それから、二人は黙々と「後始末」をした。


「ごめんね、慌ただしくって」
「いいよ。俺が言ったんだし」
「今度、またゆっくり浩之ちゃんの家にいたいな」
「なぁ、あかり」
「なぁに?」
「今度の土曜か日曜、二人でどっか行かないか?」
「うん、いいよ。どこに?」
 あかりが、心底嬉しそうな顔をする。
「いや、どことは決めてないけど」
「決めたら教えてね」
「ああ、電話するよ」
「うん、楽しみ」
 いつになく楽しそうなあかりを見て、浩之は少し表情を暗くする。
「なぁ…これまで、あんま外とか連れてかなくて、悪かったな」
「え?」
「いや、なんか俺んちばっかで。後は学校から帰ってくるくらいだったし」
「なんで?私、いつも楽しいよ」
「いや、でもなぁ」
「だって、浩之ちゃん優しいし、楽しいもの。一緒にいるだけで、私すごく幸せだよ」
 ピュアな口調と微笑み。
「あかり…」
「それに、抱いてくれるのも嬉しいし」
「でも、俺だけが気持ちいいだけってのもな」
「そんなことないよ…」
「いや、普通はもっとだな」
「でも…」
 口に出すのは恥ずかしいのか、あかりはもごもごとする。
「あかりの、ほら、あそことか、もっといじったり舐めたりするみたいだし」
「………」
 あかりは恥ずかしそうな表情を浮かべる。しかし、嫌そうな顔ではなかった。
「じゃあ、私も、もっと勉強した方がいいのかな…」
「何をだ?」
「あの、浩之ちゃんのを、してあげる時」
「え?」
 浩之は、あかりの焦らしのテクニックを思い返した。
「浩之ちゃん、あの時に出したことないし…」
「あー…ま、そうだけどな」
 十分すぎるくらいテクニシャンだけどな。浩之は心の中でつけ加える。
「でも、どうやって勉強しよう…」
「いいよ。二人でする時に実地訓練で」
「ふふ…」
「じゃあな。早く帰んないと、ひかりおばさん心配するぞ」
「うん。じゃあね」
「ああ」
 ドアが開いて、閉まる。
 ばたん。
「うあーっ…」
 浩之は大きく伸びをしながら、志保と矢島のことを考えた。
 どっちが正しいのか、どちらも間違っているのか分からない。ただ、たぶん矢島の言う、「恵まれている」というセリフは正しいのだと思えた。
 今後のあかりの関係については…わからない。ただ、今のままを維持することが浩之にとって楽しく幸せだし、あかりも多分そうだ。それが破綻するのは、浩之かあかりが不満を感じたときで、周囲が不満を感じた時ではない。
 ま、週末に金下ろしてあかりになんか買ってやるかな。志保もそれで文句言わなくなるだろ。
 そう思ったときに、あかりの言っていた本が思い浮かんだ。
 どこで売ってるかなと思いつつ、浩之は喉の乾きを覚えてキッチンへ向かった。