秋子[母性]


 どんよりと曇った空。そこから、細かい雨が無数に降り落ちてくる。
 降水率30%での降雨。天気予報を見ない人間が、空模様だけで判断するには難しいレベルだ。
 そんなわけで、7号館の入り口は、適当なおしゃべりに時間を潰す人間で溢れていた。物語なら、突然の雨に悪態をつく人間が描写されるシーンかもしれない。だが、怒鳴り声を上げる人間の姿は全く見えなかった。人は嘆いたり怒ったりしてストレスを溜めるよりは、深く考えずに楽しみを探すのだ。
 もちろん、周りに知り合いがいない人間はつまらなさそうに時間を潰している。雨が降っている状況で本を読む気になる人間などいないようで、気の利いた暇つぶしを出来ている人間はほとんどいなかった。
 雨を眺めたり、自分の足下を見つめたり。
 そして、前者の中に、特に憂いの表情もつまらなさそうな表情も浮かべていない女性が一人。
 つんつん。
「……?」
「あーきこさん」
 横を向くと、そこには一人の少女がいた。
 いや、大学の構内にいる人間なのだから、どこかからか忍び込んできたのでなければ大学生。少女という呼称はふさわしくないかもしれないが、身長が低いのとファッションの雰囲気で、高校生に見えてしまっている。
「傘、ないんでしょ?私の傘、入ってください」
「祥子ちゃん」
「はい?」
「ごめんね、気を使ってもらって。私、傘、あるの」
「えっ?じゃあ、なんで雨宿りしてるんですか?」
「雨を見ていたのよ」
「雨、ですか…」
 祥子と呼ばれた少女はコバルトブルーの傘を畳んで、7号館の建物の中に入ってくる。
「雨なんて、珍しいんですか?それとも、ここの雨ってなんか特別なんですか?」
「そういうわけじゃないけど」
「文学少女みたいな感じとか?」
「違うわ」
 不躾な詮索にも、秋子は全く気にした素振りを見せない。
「でも、秋子さんが何かしてると特別な意味がありそうな気がしちゃいますよ」
「それは、読み過ぎよ」
「だって、普通に考えたって、傘を持ってるのにこんな所で雨を見てるのって変ですよ」
「私は、変だから」
「そういう意味じゃないですよっ」
 別に秋子が怒ったわけでもないのに、祥子は弁解する。
「ただ、私とかじゃ絶対分からない意味あるんだろうなーって」
「だから、無いって言ってるじゃない…」
 秋子は、小さく苦笑–––大した「苦さ」は無かったが–––する。
「いいんです。私の中では、今秋子さんは私なんかと全然違う世界に行っちゃっているんです」
「異世界?」
「それでもいいですよ。でも、やっぱり秋子さんはここにいるんです」
「面白いわね」
「で、そろそろ現実世界に戻ってきてください」
「いるわよ」
「じゃあ、ケーキ食べに行きませんか?」
「ケーキ?」
「とっても現実世界な甘さです」
「そうかもしれないわね」
「でも、ハーブティーと一緒に食べるから少し異世界なんです」
「ハーブケーキなの?」
「いえ、ケーキは普通のチョコレート・ケーキなんです。だから異世界なんです」
「どこかの喫茶店?」
「ええ」
「じゃあ、案内してね」
 秋子はバッグの中から折り畳みの傘を出した。
「ホントだ、傘ある…」
 祥子が目を丸くする。
「だから、そう言ってるじゃない…」
「確かにそうですね。ひょっとすると、秋子さんが傘忘れてきたなんて考えたのが間違いだったかな?」
「私の行動は、別に完璧じゃないわよ」
「えー、だって私の前では完全に完璧ですよ。だから、私にとって秋子さんは完全に完璧なんです」
 えらく独断的な意見だった。
「じゃあ、ぼろを出した方がいいのかしらね」
「それも計算済なんだから、完璧な事は変わらないんですよ…って、なんで出した方が『いい』んですかっ!」
「祥子ちゃんの誤解を解くためよ」
「そんな簡単に私は考えを変えませんよぉ?」
「そうね」
「もう一年つき合っているんですから、覚えてくださいね」
「わかったわ」
 こんな祥子の態度にも、秋子は顔色一つ変えなかった。秋子の性格によるのか、二人が会ってきた期間の長さによるのか。多分、両方だろう。
 会話が聞こえていたのか、周りにいた幾人かの人間は引いていた。
 いくつかの視線が見守る中、普段通りの秋子とにこにこ顔の祥子がそれぞれの傘をさして7号館を出ていく。雨はまだまだ止みそうになかった。おしゃべりをしている呑気な人間と、足止めを食らった不幸な人間はまだまだ同じところに留まる事になりそうだ。


「美味しいですか?」
「ええ」
「良かったぁ。この組み合わせ、嫌いって人間多いんですよっ。『祥子の味覚絶対おかしい!』とか『ゲテモノ!』とか言われっぱなしでしたから。そもそもハーブティを全部受け付けない人間が、ハーブティとチョコケーキの食べあわせについて語る方がおかしいですよね?」
 祥子は大きくカットしたチョコケーキを口に運びながら、まくし立てる。
「そうねぇ」
「いるんですよぉ、そういうの。確かにハーブティってクセが強い事は認めますけど、味の違いってとこまで来てない人間にけなされても、ムカつくだけですから」
「だったら、まずはクセの少ないハーブティを飲ませて上げるところから始めればいいじゃない?」
「えー、だってめんど臭いじゃないですか。時々会うだけの遊び友達ですし。ネタとか話のタネって感じですよ…あ、別に秋子さんに食べさせるのがネタってことじゃないですよ。私は、この組み合わせホントに美味しいって思いますし」
「私も、悪くないと思うわよ」
「そうですか?嬉しいなぁ。今度、また来ましょうよ」
 声が聞こえたのか、たまたま通りかかったウェイトレスが嫌そうな視線を祥子に向ける。もはや目をつけられているらしい。
 自分の店で出しているものがネタ扱いされているのだから、無理もないが。あるいは、単にうるさいのかもしれない。
「そうね。でも、チョコレートケーキなら私も作れるから、祥子ちゃんがハーブティを用意してくれれば私の家でも出来るわよ」
「わっ。秋子さん、万能…」
「祥子ちゃん、ハーブは分かるんでしょ?」
「んー、アソビ程度ですけどね。一応。自分の好みくらいは分かります」
「じゃあ、今度は私の家にいらっしゃい」
「『いらっしゃい』…ってなんかお客様みたい。やだなぁ、私は秋子さんの家に遊びに行くんですよ」
「そうね。じゃ、待ってるわね」
「はい、都合のいい日が出来たら教えてください。私はいつでもOKですよ。授業なんか全部切って行きますよっ」
「ダメよ。一年生のうちから休むの覚えてちゃ」
「でも、授業段々かったるくなってきちゃいましたし」
「今の内に頑張っておけば、二年生になった時楽よ」
「秋子さん、やっぱもう単位揃えちゃってます?」
「ええ」
「いーなぁ。私も、単位揃えちゃって遊びたい」
「大学は勉強するところじゃない…」
 秋子が定番のフレーズで諭す。
「でも、私は普通に就職ですしー。秋子さんはやっぱり大学院でしょう?これだけ大学の勉強真面目にやってれば、きっと大教授ですよ」
 滅茶苦茶いい加減なビジョンだが、秋子の成績が優秀なのだけは事実だった。
「行かないわよ」
「えー!?そうなんですか?就職ですか?」
「それは、分からないけど…」
「ま・さ・か結婚なんて言わないでくださいよ〜」
 祥子がジト目で見る。なぜそんな目で見なくてはならないのかは不明だが。
「一つの選択ではあるんじゃないかしら?」
「そんなっ!?」
「祥子ちゃん、別に今誰かつき合っている男の人がいるってわけじゃないから…」
「ですよねぇ。秋子さんですもんねぇ。秋子さんに釣り合うだけの男なんて、現れるわけがないですよ」
「そうしたら、私は一生結婚出来ないじゃない」
「うーん…」
 祥子は弁解もせずに、考え込んだ。
「秋子さんって、フェミニストなのかと思ってました」
「それは、色々な意味で誤解だと思うわよ」
「でも…」
「私に対する誤解であるよりも、フェミニストの人たちに対する誤解だと思うわ」
 秋子は微笑みながら言う。
「そんなもんですかぁ?」
「そんなものよ」
「嫌だなぁ…」
「いやなの?何が?」
「うーん、あ、嫌ってのは違うかな…でも…」
 祥子は珍しく口ごもった。
「今、答えを無理矢理出さなくてもいいわよ」
「…でも、秋子さんと相談はしたいです…相談っていうか、話を聞いてほしいっていうか…」
 ノリが命のような祥子の顔が、冴えないものになっていく。
 秋子は、優しい瞳で祥子の事を見つめた。
「私の家に行く?」
「今からですか…」
「私はいいわよ?来たくない?」
「…そんなわけないです。でも、なんか、そうじゃなくて…」
「私の家で話せばいいじゃない?」
「秋子さんの家で…」
「話したくない?」
「秋子さんには、話したいけど…秋子さんの部屋が、汚れちゃいますね…」
 それ以上秋子は追及せず、ハーブティを口に運んだ。
 祥子の言葉は無論比喩なのだろうが、秋子も、祥子自身もそれに説明を加えようとしなかった。いや、普段は、放っておいても秋子が読みとれる「含み」を祥子が自分で全部説明しているだけなのかもしれない。
「じゃあ、出る?」
 秋子が言うと、祥子は丸められた伝票をぱっとつかんだ。
「祥子ちゃん?私が」
「払わせてくださいっ」
「私の方が、先輩でしょ?」
「これは私が払うべきものですよっ!」
 意味不明な論理を振りかざすと、祥子は止まらない。秋子もそれは知っているようで、必要以上に止めはしなかった。
「じゃあ、祥子ちゃん。ごちそうさま」
 祥子は返事すらせずに、自分のミニリュックををひっつかんでレジの方に走っていった。
 秋子は、自分のバッグと傘、それから祥子の傘を持って席を立ち、勘定を払っている祥子の方に歩いていった。


「お邪魔します」
 祥子は、「お邪魔」の部分を強調して言った。
「紅茶、飲むわよね?」
「すいません」
 秋子の部屋は、割合余裕のある1DKだった。ダイニングも個室も6畳あり、家具はコンパクトなものが多いため、実際よりも広く見える。
 祥子は二人掛けのテーブルのイスに座る。秋子もヤカンに水を入れてガスコンロにかけると、戻ってきて祥子の向かいのイスに座った。
「少し、話しにくいです」
「ゆっくりでいいわよ」
「あのヤカンが沸いた時、絶対に会話が止まっちゃうから…」
 秋子の目も見ずに、祥子は言った。
「怖い?」
「…えっ」
「なんでもないわ」
 秋子の意味深な台詞に、祥子は少し顔を上げる。
「いま、なんて言いました?」
「大した事じゃないわよ」
「すっごい大した事に聞こえたんですけど」
「じゃあ、もう一度言った方がいいかしら?」
「…遠慮、させてください」
 だったら初めから言うな、といった類の突き放した台詞は、秋子の口からけして出る事はない。ひょっとすると、祥子は自分で自分にその手の台詞をぶつけているのかもしれないが。
 ヤカンから、温まった水が動く微かな音が聞こえ始めた。
「急かさないでよ…」
 誰にともなく–––この部屋には秋子しかいないが–––祥子は言う。
「秋子さん…」
「はい」
「秋子さん、私のこと、どう思ってます?」
「とっても、いい子だと思ってるわ」
「そう言ってくれるんですよね、秋子さんって…」
 ヤカンの立てる音が一段階上がった。
「しかも、嘘じゃないんですよね」
「ええ」
「なんでだろう…」
「なんで、と言われても答えられないわね」
 頬に手を当てて、秋子は言う。
「当然ですよね」
「そうねぇ、答えられないわね」
「答えられたら、変ですよ」
「私がそう思うんだから、仕方ないわね」
「でも」
 祥子は接続詞だけを短く切る。
「私が、なんで秋子さんにそんな事聞くのかははっきりしてるんですよ」
「なんでなの?」
「秋子さんにそう言ってもらえる事で、自分の存在を肯定し直そうとして…」
 祥子の言葉は、「肯定する」だけでは終わらなかった。
「それが不十分だって事を確認したいだけなんです。結局、自分の存在を否定しているんです」
「自分をいじめてるの?」
「私はマゾです。自分が一番分かっています」
 ヤカンから、湯が対流する音がはっきりと聞こえ始めた。しゅーっと蒸気を吐き出す音も聞こえてくる。
「自分が嫌い?」
「好きだ、なんて絶対に言えませんね。でも、なんか、それだけじゃ…」
「自分の中で、好きになれる部分もあるの?」
「それは…」
 祥子の言葉が止まる。
 やがて、ヤカンはしゅーっしゅーっとひっきりなしに蒸気を吐き出し始めた。
 秋子は祥子の様子をうかがいつつ、席を立ってガスコンロの方に歩いていく。
 カチッ。
 ガスを止めると、ヤカンがせわしなく立てていた蒸気は一気に収まった。中のお湯は、ぐらぐらと火がついていた時と同じように揺れる。
 秋子はラックから、缶に入った紅茶の葉を取り出す。そして、中位の大きさのポットの中にティースプーンで入れていった。食器棚の中には、ちゃんとソーサーまでついた磁器のティーカップがある。一人暮らしにしては、贅沢過ぎるほどのセットだ。
 秋子はそれらに茶漉しを加え、四角いトレーに載せて–––普通の家庭でも、四角のトレーなどそうそうない–––、テーブルに運ぶ。
 かちゃ。
 テーブルにトレーを置いて、秋子はまたイスに座る。
「たぶん」
 それと同時に、祥子が口を開いた。下を向いたままだが。
「もし…もし、私が自分を好きな部分があるとすれば…秋子さんを好きだって思うことです」
「私?」
 特に疑問を返したわけではない。ただ、相槌を打っただけだ。
「はい。こんなひねくれた人間なのに…私、秋子さんを愛してるってだけは、嘘じゃないと思うんです」
「それは、とてもいい事じゃないかしら?」
「愛って安っぽい言葉ですけど…私の貧しい語彙じゃ、他に表せません」
「私も、愛を言い換える言葉なんて思いつかないわよ」
「そうだと、いいです…」
 祥子は控えめに言った。
「だから、私自身に好きな部分はほんの少しもないんですけど…秋子さんを好きだと思って生まれてくる、言葉とか行動とかは好きになれるんです」
「それは、祥子ちゃんの気持ちから出てくるものでしょ?だったら、祥子ちゃんが祥子ちゃんを好きなんだって言っていいんじゃない?」
「でも、自分と、自分の行動をそんな簡単に…」
 秋子はポットと茶漉しを持ち上げると、ティーカップに紅茶を注いでいく。
「秋子さん?」
 祥子が顔を上げた。
「この紅茶は、3分蒸らすのがちょうどいいのよ」
「へぇ…」
「ヤカンが沸くのがいつかは誰でも予測できるけど、知らない紅茶を何分蒸らせばいいのかは誰も予測できないわね」
 祥子は黙り込む。
「…ヤカンと、紅茶…」
「いいから。飲みましょう。ずっとしゃべって、疲れたでしょ?」
 かちゃっと音を立てて、秋子は祥子の前にソーサーを添えたカップを置く。
「…いただきます」
 祥子は、目の前に置かれたカップを手に取り、紅茶色–––他に表現のしようがない–––の液体を口の中に含む。渋みの少ない、爽やかな味が広がった。
「おいしい…」
「そう。良かったわ」
「なんていう葉っぱなんですか?」
「気にしなくてもいいと思うわ。おいしいって思ってくれたんだから…」
「そう、ですね」
 祥子は割と落ち着きを取り戻したようで、紅茶を一口一口丁寧に飲んでいく。秋子はそれを微笑みながら見ていた。


「今日は、どうするの?」
「えっと…」
 いつしか、外はとっぷりと暮れていた。
「泊まっていきたければ、いいわよ?」
「秋子さん…」
 祥子が軽く頬を染めた。
「駄目な子ですね、私って…」
 そう言って、秋子にしなだれかかっていく。
「どうしても、依存しちゃうんです」
「まだ祥子ちゃんは19歳の女の子なんだから…」
 祥子のショートカットを、秋子は軽く撫で上げた。
「秋子さん見てると、二十歳(はたち)と19ってなんでこんなに違うんだろうって思っちゃいますよ…ホントは、そんな事ないはずなんですけどね」
 祥子は、秋子から離れた。そして、黒い棚の上に置かれた電話に手を伸ばす。
「寮に外泊の連絡入れます。電話貸してくださいね」
「いいわよ」
 祥子は電話を掛け始める。秋子は自分の部屋に入って電気を点けた。
 和室6畳の部屋。収納、つまり押し入れもついている。座り机と本棚と洋服ダンス。それだけのシンプルな部屋だ。ベランダに出るための出入り口と思われるアルミサッシには、ベージュのカーテンが掛けられていた。
 秋子は押し入れのふすまを開けて、敷き布団を取り出す。畳の上にばさっとそれを敷くと、さらに押し入れの中から真っ白なシーツを取り出して、その上にかぶせた。さすがにぴっちりと包み込むほどの事はしないが、左右にはみ出た部分だけはきちんと布団の下に巻き込む。
「秋子さん」
「大丈夫だった?」
「ええ、形式上の話ですから」
 それだけ言うと、祥子はTシャツを脱ぎ始めた。
「祥子ちゃん」
 さすがに、少しだけ呆れた声だった。
「秋子さんに、早く抱かれたいです」
「夜は長いから、大丈夫よ」
「でも、私もう脱いじゃいましたからっ」
 縛るようにして止めてあったベルトをほどき、デニムのスカートを脱ぐ。秋口とはいえ、まだまだ昼間は暑いのだ。祥子はあっという間に半裸になってしまった。
 それを見て、秋子も白いブラウスのボタンを外し始める。ぷっ、ぷっ、ぷっ、と一定の速度で、誰もいないかのように落ち着いた仕草だ。
 祥子は魅入られたかのように、秋子の事を見つめていた。しかし秋子は恥ずかしそうな素振りも見せず、キャミソールをするっと脱いでしまう。長めの黒いスカートも、まるで躊躇無く脱ぎ去ってしまう。
「あ、色、結構似てる…」
「あら、そうね」
 祥子と秋子の下着は、どちらも落ち着いた感じのネイビーブルーだった。ブラとショーツ、両方とも。デザインの雰囲気も、うるさすぎずシンプルすぎない、花をかたどった紋様になっている。
「少し、うれしいですね…」
「そう?」
「なんか、秋子さんと同じってだけで」
 祥子は、布団の真ん中に立っていた秋子に抱きついていく。
 そして、祥子は瞳を閉じた。
 秋子は自分の顔を、ゆっくりと祥子の顔に近づけていく。秋子は女性にしては少し身長が高いので、小柄な祥子とでは男女と同じくらいの身長差があるのだ。
 眠るように安心しきった祥子の唇に、秋子はぴとっと自分の唇を触れさせる。
「ん…」
 軽く祥子が吐息を漏らした。その隙間を縫って、秋子は舌を滑りこませる。多少の不安感を感じるのか、祥子は秋子の身体をより深く抱きしめた。
 こわばる祥子の口腔を、秋子は舌先で優しく愛撫する。まずは、動こうとしない祥子の舌をなぶる事から始めた。ぬとっと秋子の舌が触れた瞬間、祥子は思わず舌を引いてしまったが、思い直したようにおずおずと舌を元の位置に戻していく。
 それを、秋子は丁寧にくすぐった。舌の先と先を絡めるようにして、ちょんちょんと、リズミカルな刺激を加える。
 何とか秋子の動きに応えようと、祥子も自分の舌を動かし始めた。もちろん、うまく動くはずはない。秋子の舌の動きに合わせる事もできず、ただ自分の口腔の中をおろおろするだけになってしまう。
 しかし、秋子はうまくそれを追いかけて、的確に舌を合わせた。そうこうするうちに、少しずつ祥子も舌の動かし方を覚えていく。
「はっ…はぁっ…」
 秋子がキスを止めると、祥子はもう上がってしまった息をなんとか整えようとする。
「ごめんなさい…私、まだ慣れてないみたいです…」
「いいのよ。キスは二回目なんだから」
 秋子はそう言って、祥子のブラのホックに手をかけた。死角になっているのに、秋子はそのホックをいとも簡単にぷつっと取ってしまう。
 祥子の乳房が露わになった。特別大きいという事はないが、形は整っている。秋子は両手で乳房を包むと、するすると表面だけをなぜた。
 不安そうな面持ちで、祥子はその様子をじっと見る。将来的には秋子に自分がやらなくてはならない行為だという思いもあったかもしれない。とかく、興味を持った内容に対する学習欲についてだけは、祥子は誠実なのだ。
 表面をなぜるだけの動作が、次第に「揉む」動作に変わっていく。
「どう?気持ちいい?」
「まだ…わからないです…」
「焦る事はないのよ。私の手の動きを、しっかり感じて」
 祥子は言われた通り、秋子の手の動きと、自分の乳房に加えられる刺激に全神経を集中させた。秋子の動きは、段々と大きな物になっていく。最初は「揉む」と言ってもつまむ程度のものだったのだが、いつしか乳房全体がたぷたぷと震えるほどの大きな動きになってきていた。
 じんわりとした熱さが、生まれ始めた。
「祥子ちゃん…乳首、立ってきてるわ」
「あっ…」
 自分でも気づかなかったが、確かにそうだった。乳房の先端の部分が、いつもに比べて確実につんと尖り始めている。
「さすがに、三回目になると、慣れたかしら?」
「どうか、わかりませんけど…最初よりも、すぐに気持ちいいのが分かるようになってきました」
「良かったわね」
「…はい…」
 恥ずかしそうに、祥子は視線を秋子から逸らす。
 だが、快感は確実に増幅しつつあった。秋子は、膨らみ始めた乳首を黙って見ている事などせず、積極的につまみ、転がし、なぜる。最初はほのかな膨らみだったそこは、あっという間にピンと立派な勃起を見せるようになった。
 十分だと見ると、秋子は舌を胸に近づけていく。
「あ、秋子さん…」
「大丈夫、怖くないのよ…」
 れろっ。
「いやーっ…」
 祥子の身体を、ぞくぞくっとした悪寒が突き抜けた。
 構わず秋子は舌で乳首をころころと転がす。紅に染まったその突起は、刺激される度に祥子の感覚を著しく跳ね上がらせる。
「気持ちいいのよ、ほら。私がしてあげているのよ…」
「秋子さん…」
「祥子ちゃん、気持ちいいでしょ?」
「…はい」
 れろっ。
「んんー」
 なんだかわからなかった感覚が、今度は間違いなく快感として感じられた。
「気持ちいい?」
「気持ちいいですっ」
「気持ちいいのね?」
「気持ち、いいですっ」
 れろっ。れろれろっ。
「ふあぁっ」
 秋子の言葉は、確実に愛撫を快感と結びつけていく。まるで魔法のようだ。静かで優しいが、確信を持った、どこか威圧的な部分すら持った言葉。
「んー、あっ、あっ、ああーっ…」
 執拗に加えられる刺激に、祥子はどんどん乱れていく。
 ちゅぽん!
「んぁ!」
 最後に唇で思い切り乳首を吸い上げ、秋子は唇を離した。
 そして、祥子が反応を返す前に身体を低くして、祥子のショーツを素早く脱がせてしまう。一体何が起こったのか、脱がされた本人が一瞬理解できないほどの早技だった。
「あっ」
 祥子が反応したときには、もう秋子の指が秘裂のすぐ近くまで迫っている。
「動いちゃだめよ」
「あ、あの…」
「怖くないのよ…祥子ちゃん」
 さっきと同じように、秋子は言う。
「気持ちよく、なれるのよ…」
 祥子は動けない。
「いい子ね」
 そして、秋子は秘裂をくいっと左右に割り開いた。
「いやー、恥ずかしいです」
 祥子は思わず目を閉じてしまう。
 秋子は、中に全く潤いがない事を確認すると、秘裂に添えた指を離した。祥子は目を半開きにして秋子の様子をうかがうが、秋子が舌を自分の秘裂に近づけているのを見て、また慌てて目を閉じてしまう。
「い、いきなり…」
「大丈夫よ、指よりも舌の方が刺激は少ないのよ。それに、濡れていなくても受け入れられるし」
 秋子が、舌を秘裂の上にぴとりと当てた。
「き、汚いよ…」
「祥子ちゃんの身体よ?」
「で、でもぉ…あっ、あっ」
 秋子は秘裂にそって舌を上下させる。祥子にとって、全く未知の感覚が襲ってくる。恐らく、くすぐったさが最も近いだろう。
「気持ちいい?」
「えっ」
「気持ちいいのね」
「あ、あっ」
 秋子が、少し舌を秘裂の間に差し込んだ。
「気持ちいいんでしょう?」
「え、あ、ああっ」
 秘裂の間を、ぬめぬめとした舌が這い回る感覚。もしこんな場で無かったら、おぞましさに鳥肌が立ったろう。でも、今は。
「す、少し…」
「気持ちいいのね?」
「は、はい」
「祥子ちゃん、私の舌をもっと感じて」
 秋子はずっずっと舌を動かし始めた。時々舌を引っ込めて、唾液を補充する事を忘れない。未開発な祥子には、痛みを与えるのが一番避けるべき事なのだ。
 それさえ気をつければ、後は性感のシステムを覚えて行くだけ。
「ふーん、ふぁー」
 泣くような声。祥子は直立した姿勢のまま、自分の顔を両手で押さえて、かぶりをひっきりなしに振っていた。段々、おかしな気分になってきていたのだ。それが性感である事は当然のように祥子にも理解できたが、なぜかそれをすぐに認めてしまうのが怖かったのだ。
「祥子ちゃん?」
「は、はい」
 秋子が舌の動きを止めた。
「今日はね、クリトリスで祥子ちゃんが気持ちよくなれるようにしたいの」
「ク…」
 突然の言葉に、祥子は自分のからだの構造を思い浮かべてしまう。
「そうしたら、これまでとは全然比べ物にならないくらい気持ちよくなれるのよ。自分でも楽しめるようになるし」
「じ、自分でって…」
「自分で出来るようになれば、私にしてくれるようになるのも早いはずよ?」
「え、え…」
「じゃあ、じっとしててね」
「あ、あぅっ!?」
 秋子は、おもむろに指で秘裂を割り開くと、直接祥子のクリトリスに舌を這わせた。
「痛い?」
「い、いたくは…ないですけど」
「そう?だったら、すぐに気持ちよくなれるわよ」
 秋子は再び秘裂をぐいと開き、舌でクリトリスを転がした。
「うっ…うあっ…あぁっ…」
 祥子は、くぐもった声を漏らす。痛みは全然感じられず、乳首を舐められている時と同じようなぞくぞくした感覚があった。それが素直に快感として感じられないのは、乳首の時とはまた違う、腰の奥に直接響いていくような深い感覚だったからだ。
 秋子は、動きを徐々に強めていく。舌先で転がすだけでなく、舌全体を使って大胆に舐め上げたり、唇で吸い上げたり。祥子は次第に峻烈になっていく感覚に、耐えきれなかった。
 そして、ある瞬間、クリトリス感覚が何かとつながる。
「ん…」
「どうしたの?」
「あ、あの…」
 秋子は口の動きを止めて、祥子の言葉を待つ。
「気持ち…よく…なったみたいです…」
「そう?どれくらい、気持ちいい?」
「ものすごく…痺れるみたい…」
「良かったわね」
 目覚めた祥子の突起に、秋子はもはや遠慮をせずに刺激を加えていった。まず、包皮を剥いてしまう。そこに、舌の先でぶるぶると震えるような細かい振動を与える。そして、ぐりぐりぐりっという舐め上げ。ちゅぱっ、ちゅぱっという吸い上げ、しごき上げ。そのローテーション。
「あっ、あっ、あっ、あっ!?」
 祥子は突然の激烈な性感に、我を失う。元々性感に慣れていないのに、最も敏感なところを絶妙な舌戯で責められているのだ。
「い、いやはっ、あ、あんっ、あはぁーっ!」
 秋子は、もはや祥子の反応など気にせず、ただただ強烈なクンニリングスを続けた。
「!!!」
 そして、祥子は生まれて初めての絶頂を迎える。
 くたりと倒れそうになる祥子を、さっと立ち上がった秋子が支えた。
「どう…気持ちよかったでしょ?」
「はい…でも…気持ちよすぎて…変になりそう…」
「これが本物の気持ちよさなのよ」
「ごめんなさい…私ばっかり、してもらうだけで」
「いいのよ。そのうち、祥子ちゃんにもしてもらうから」
「秋子さん…大好き、です…」
 祥子は全体重を秋子に預けた。秋子は上手に体重を移動させ、敷き布団の方に二人で寝転がっていく。
「風邪、引いちゃうわね」
「いいんです…このまま…もう少し、抱かせていてください…」
「いいわよ」
「大好き、です…」
 そう言って祥子は瞳を閉じる。
 結局、祥子はそのまま起きる事はなかった。いつの間にか眠り込んでしまったのだ。
 秋子はタオルケットと毛布、それから掛け布団をかけて、二人で裸のまま眠りについた。


「あ、秋子さん、起きましたっ?」
「おはよう。早いのね」
「朝が早いのは自慢なんです。すいません。お台所、勝手に使わせてもらってます」
 祥子はトントントントン…と、小気味のよい音を立ててキュウリを輪切りにしていく。横には、野菜サラダの材料と思われる素材が並んでいた。
「何か、手伝う?」
「いえ、これくらいやらせてください。秋子さんにはかなわないかもしれないけど、私も料理は好きなんです」
「そう。じゃあ出来上がりを楽しみにしてるわ」
「そんなに期待しないでくださいよー。ただの朝御飯なんですから」
「私のために作ってくれるってだけで、私は十分よ」
「私も…秋子さんのために作れるだけで、十分です…」
 包丁を止めて、祥子はつぶやいた。
「えへっ、ちょっとメランコリー入ってますね、私。二重人格ってこれだからやなんですよねー」
「二重なの?」
「ひょっとしたら、多重だったりするかも…友達はみんなそう言ってましたけど」
「楽しそうね」
「そうですか?」
「ええ」
「そんなもんなのかなぁ…ま、いいやっ。秋子さん、月宮祥子スペシャル、楽しみにしててくださいねっ」
「はい」
 秋子は、顔をほころばせて祥子の事を見守っていた。