沙織「混乱」


 ゴミ箱の中には、半分ほどゴミが溜まっていた。
 ぽん、ぽん…ぽん。
 真っ直ぐ上げられたトス、それを柔らかく受けた手がまた軽いトスを上げる。
 夕焼けの光が、それなりの量を持ってカーテンから漏れてきていた。そのせいで、部屋の壁をボールの薄影が幾度も上下する。光の加減で異様なほど長く伸びたバレーボール–––円形のものなら何でもいいが–––のシルエットが、どこか力無い寂しさを漂わせていた。
 ぽむ。
 最後に、落ちてきたボールを両手で挟み込むようにして止める。
 ボールを天井に向かって捧げるような姿勢のまま、沙織はぼんやりとした表情を浮かべていた。
 部活は、休み。
 しかし、沙織の知った顔がことごとく用事を入れていた。沙織は遊び友達を誘う6回目の電話で、さすがに面倒くさくなってやめたのだ。
 そんなわけで、珍しく沙織はこの時間帯に自分の部屋にいる。普段なら、学校の体育館で練習に励んでいるか、街中に繰り出して遊んでいる時間帯なのだ。よほどの事情が無い限り。
 前々から約束をしていなくても、休みの日の当日に電話をかけまくれば誰かがOKする。そして服屋めぐり、雑貨屋めぐり、CD屋めぐり、カラオケ、ただのおしゃべり等々。性別は男女問わず。ごくまれに沙織の方が誘われる事もあったが、ほとんどの場合は沙織の方が遊びに誘うというパターンだった。
 しかし今日はどうにも遊び相手がつかまらず、たまには家でゆっくりするのもいいかという結論に達して直接帰ってきたのだ。
 だが、実際に帰ってくると非常に暇だった。わざわざメールの打ち合いをして暇つぶしをする気にもなれない。沙織は携帯を連絡手段としては使っていたが、コミュニケーションツールとしては大して使っていなかった。わざわざ携帯で話さなくても、直接会ってくだらないおしゃべりが出来る相手が多かったからかもしれない。
 そして、自分のボールを使ってトス練習などと言う状況になっているわけである。いや、練習と言うよりは遊び、習慣のようなものだったかもしれない。と言っても、普段の沙織は自分の部屋でそんな遊びないし習慣をする事など無かった。思い出したように押し入れの中で転がっていたボールを、なんとなく引っぱり出しただけのことだ。
 …とん。
 沙織が腕をすこし後ろにそらして、ボールを落とした。
 とん、とと…
 絨毯の上で勢いを殺されたボールは、すぐに動きを止めてしまう。
 沙織は自分の視界から消えたボールの事を思いながら、カーテンの隙間から来る夕焼けの光を見ていた。
 多少感傷的になっていたかもしれない。
 ほの赤い夕の光に染まった沙織の横顔は、よく出来た彼女の憂鬱を映しているようにも見えた。長い髪が光に透かされて、きら…と光る。ストップ・モーション的だった。
 確かに、沙織が現代的な少女の甘美なメランコリを演じているように端(はた)からは見える。だが、沙織がこういう表情と仕草をする時、実際の彼女は全く違う性質のものの沸き上がりに晒されているのだ。
 ひとつ、記憶の混乱。
 ふたつ、リビ・ドー。
 滑稽なほどに整合性がない。それは沙織も自覚していた。いや、むしろ辟易(へきえき)していた。
 ある日。
 沙織は熱を出したために部活を休み、家路について次の日までずっと寝ていた。その熱を出した日の記憶が、妙にのっぺりとした平坦なものなのだ。
 生活のリズムも崩れていなかったし、風邪が流行っているわけでもなかった。授業は普通に受けていた。しかし部活に行こうとしたときに、熱が出た。はずなのだ。
 なぜ確信できないかと言うと、熱が無い状態の自分と熱を出した後の自分がうまく結びつかなかったからだ。まるで、ある時までは完全に平熱で、その次の瞬間38度の熱を出していたかのような。
 それで、家に帰った。ところが、その家路を妙にくっきりと覚えている。3D世界を歩んでいたかのように、沙織が歩んだ道とそこで見たものを、客観的な空間情報として記憶してしまっているのだ。
 しかも、沙織の家の前でその空間情報がぷつりと途切れる。それから、次の日自分の部屋のベッドで目覚めるまでの記憶が全くない。
 最初のうちは、熱で頭が変になったのだと理解していた。熱でそんな症状が生まれるかどうか疑わしいことは沙織でもわかったが、考えてもわかるはずがないと思ったのだ。
 ところが、沙織はすぐにその日の事を記憶のアクシデントとして放置しておくわけにはいかなくなった。
 リビ・ドー。
「んふぅ…」
 我々が沙織の記憶の混乱を見ている間に、沙織の手はイエロゥのTシャツの中へと潜り込んでいた。乳房をまさぐっている動きが、はっきりと見て取れる。
 彼女が着けていたと思(おぼ)しき淡いピンクのブラジャーがベッドの上にあった。
 …沙織がトスの練習をし始める前から。
 Tシャツの裾から手を入れて、乳房を揉んでいる。必然的に、Tシャツはかなりのところまでたくし上げられてしまっていた。引き締まったウェストも、無駄な肉のないお腹の部分も露わになっている。
 いや、それ以前の問題として、沙織の陰毛に覆われた部分、彼女が最も恥ずかしむべき部分が露わになってしまっているのだ。
 Tシャツの裾の部分から白いソックスのところまで、沙織の肌を隠す衣類が何一つ身につけられていない。普段着だと思われる藍のジーンズが、部屋の入り口の辺りで乱暴に脱ぎ捨てられていた。ブラジャーと同じ色のショーツは、沙織のすぐ後ろ、バレーボールの横に転がっていた。
 とろけるように弱々しい目をしたまま、沙織は乳房への刺激を続ける。
 しているのは左手だ。わし掴みにするような乱暴なタッチで、ぐりぐりと揉み続けている。右手の方は、太股に当てられていた–––いや、むしろ押していた。何かを押さえ込むかのように。
 もし、今無理矢理行為をやめさせられたとしたら、ふくよかな乳房の先端の、Tシャツの生地を突き上げている固い勃起がくっきりと見えることだろう。
 事実、沙織は揉んでいる方とは逆の乳首がTシャツにこすれる、乾いた刺激も十分に感じていた。痛みにも似たその刺激と、直接快感に結びつく左手の愛撫によってコントラストが発生しているのだ。それを合わせて受け止める事ができるほどに、沙織の性感覚は発達してしまっていた。
 だらしなく半開きになった口元から、熱い吐息が漏れだしている。夕焼けの紅と熱い体温の紅が混ざり合って、沙織の顔に複雑な色合いが生まれた。「こんな事しちゃっ…」的な憂鬱が、いつの間にか「でも…」的な耽溺に置き換えられていた。
 そして性感が高まれば高まるほど、沙織の物足りなさも大きくなっていく。それでも、沙織は右手を未だ動かしていなかった。しかしすぐ横には沙織の秘裂がある。堪え忍ぶかのような、ぷる、ぷるっという痙攣が沙織の右手に走っている。
 沙織の陰毛は、しっとりと濡れていた。中から液体が既にあふれ出しているというわけではない。全体にまんべんなく、わずかな湿り気を帯びているのだ。
 沙織は、その秘裂に指を伸ばすまで、2分間も我慢した。
「あ…」
 自ら陥落したことを認めるかのような、一声。
 ぬち…
 沙織は深く身体を前屈させて、秘裂に侵入してきた指の快感に打ち震えた。長い髪がばさっと動く。
 両足を、指を挟み込むようにきゅっと狭める。びりっ…と痺れるような快感がさらに広がっていく。
 足によって手を挟み込んだ窮屈な状態で、沙織は指の動きを開始した。挟み込まれた抵抗感のせいで奔放に動かす事は出来ないが、不十分で乱暴な愛撫になる事が、逆に沙織の性感を追い込んでいく。
 ぬち。ぬち…
 ぬめりのある粘膜を撫でる度に、沙織の快感のボルテージがぐんぐん上がっていく。クリトリスを刺激したときに、それは顕著だった。
 秘裂の方の鈍い動きを埋め合わせるかのように、胸への刺激は激しい物になっている。強い力で揉んだり、かなり大きな乳房全体を転がしたり、乳首をひねるようにつまんだり。その度に、ぶるんぶるんと豊満な乳房が震えた。Tシャツの中に閉じこめられている事が、閉塞感、拘束感のようなものを煽る。
 …ぴゅっ
 抑えきれない熱い液体が、あふれた。
 沙織はそれを指の先に絡めて、クリトリスを集中的に愛撫した。沙織の表情が恍惚としたものになる。
 とめどもなくあふれ出してくる液体をすくっては、クリトリスを愛撫するという繰り返し。その間に、包皮も剥けてしまった。
 いつしか沙織は胸への愛撫をやめていた。無防備なクリトリスを右手の人差し指で叩く。はじく。転がす。触った分だけ気持ちいい。理性も恥情もない。沙織は、ヴァギナから愛液を垂らしたままクリトリスをいじり続ける。
「!」
 沙織は身体がぐわっと宙に飛ばされるような感覚を感じた。
 そして、がくんと地面にたたき落とされる。
「はぁ…はぁ…」
 荒い息、真っ赤に染まった全身。
 ひゅくっ、ひゅくっという痙攣を感じながら、沙織はクリトリス・オナニーの絶頂を感じていた。
 やがて、沙織は無意識に突き上げていた腰を絨毯に下ろす。衝撃でバレーボールがころっ、と転がった。
 罪悪感にも似た満足感。沙織は処女だった。男友達はいたが、関係を持った事は無かった。
 しかし、リビ・ドーの要請のままに行った自慰に、驚くほど沙織の身体は反応した。無論、記憶の混乱を招いた日の以前に自慰をした事などない。とは言え、どんなに奥手の少女でも、身体が反応をするならば技術の方も猛スピードで向上してしまうのだ。
 沙織は呆けた表情のまま立ち上がり、机の上のティッシュボックスから2,3枚のティッシュを引き抜いた。
 それで、秘部の愛液を清める。あっという間にぐっしょりとなったティッシュの固まりを、ゴミ箱に放り込む。
 それからもう一度ティッシュを取り、絨毯の毛並みの上に垂れた愛液–––染み込んだというより、毛の先に浮いているような状態だった–––をこすり取る。それもゴミ箱に捨てる。
 未だ火照った身体のまま、沙織はバレーボールを見下ろしていた。