郁未[欲望]


「………ぁぁぁぁぁっ!」
 悲鳴の、いや、絶叫の余韻。
 脳の底が思い切り揺さぶられるような。いや、感覚の上では本当に揺さぶられていた。揺さぶられ、かき回されて、何も考えられなくなって、気分がひどく悪くなった。
 誰の声なのか?–––不快な音源の先は、頭の中。
「…え?」
 郁未は一人声を上げた。
 つまり、自分の上げていた叫び…叫び。
 でも、自分が叫んでいたのならば、なぜ今の郁未の口元は、きっ、と結ばれているのか?
 そもそも、叫んだ後に、郁未は自分が訝しいと感じている事を示すために、小さな声を上げたのではないか?それなのに口が閉じているのはどういうことなのか?
 わけがわからない。
 辺りは真っ暗だった。郁未は、そこに一人で立っていた。なんで自分がこんな所にいるのかと、必死で記憶をたどる。
 最初にぶち当たったのは、深紅に垂れ下がる糸のイメージ。
「………!?」
 次の瞬間、ぶわっ!と音を立てるようにして、その赤い糸が郁未の視界の360度を網の目のように覆った。本当に視界に生まれたのだ。幻覚ではない。プラネタリウムのように、闇の中に突如色を持った世界が生まれたのだ。
 赤いライン・アートで描かれた巨大な球の中心に位置している。としか、思えない。
 しかも、それが闇に溶ける。色が次第に闇と同化して、いつしか消えてしまう。
 奇妙な体験だった。
 しかし…
「ふふっ」
 郁未の口から含み笑いが漏れる。
「ふふ…ふふ、ふふっ」
 何がおかしいのだろう…と言われても、答えられない。ただ、全能感がある。何をしても怖くない、何も出来ない事はないと言う感覚だけが、熱く熱く郁未を満たしている。
 猛り狂う支配欲。だが、暗闇の中ではそれをぶつけようにも対象がない。郁未は怒りから来る激しい叫びを上げそうになる。
 すると、視界の中に何かが滲(にじ)み出てきた。
 見る間に、それは長い髪の女性の形を取る。
 さらさらとした髪に包まれた端正な顔には、明らかな怯えの色が見える。
 だっ。
 郁未は、目の前の女性に向かって大きく一歩を踏み出した。
 地に弱々しく座り込んでいる女性が、身体を少しのけぞらせて戦(おのの)く。一目見てわかるほどに、郁未は攻撃的な感情を迸(ほとばし)らせていたのだ。
「葉子さん」
 断定的に郁未が言う。
 葉子は座った姿勢のまま、必死でずり下がって郁未から逃げようとする。だが、葉子が手と足を使って動こうとしても、葉子のいる位置は全然変わらなかった。まるで、逆に動いている「動く歩道」の上にでもいるようだ。
 郁未の口の端が、くいっ、と上がる。サディスティックな笑みだった。まるきり悪役の仕草だったが、目つきが普段と全く違う今の郁未にとって、それはあまりにも似合った所為だった。
 びゅっ!
 郁未が勢い良く手を振り下ろした。
 びびっ!びりっ!
 すさまじい音が立った。全く手が触れていないのに、葉子の服が無惨に四散したのだ。十字架のついたペンダントも、鎖が引きちぎれて飛んでいく。
 絶望的な表情になりながら、葉子は一糸纏わぬ姿になった自分の身体を手で隠そうとする。
 つかつかと郁未が歩み寄って、葉子の前で仁王立ちになる。葉子は引きつった顔で郁未を見上げる。
「綺麗な胸ね」
 郁未はそう言って、体勢を低くしていく。葉子は、間近に迫った郁未の顔を見て、恥辱に顔を染めた。しかし、魅入られたように視線を逸らす事ができない。
 無造作に郁未が手を乳房に伸ばすと、両胸を隠していた葉子の左手が力無く下に降りた。軽く郁未がはねのけるだけで、葉子は抵抗もせずに従ったのだ。
 かなりのボリュームがある葉子の乳房を、郁未はぐにぐにと揉む。乱暴というわけではないが、愛情の感じられる動きではない。相手の身体を高ぶらせるためだけに行っている、淫靡な動きだった。それでも心得たもので、郁未は葉子の性感を確実に引き出していく。
「ほら、乳首立ってきたわよ、葉子さん。感じてるのね」
 言葉による辱めも忘れない。強引な愛撫を受けながらも、葉子の身体は次第に熱を帯び、郁未の行為から甘い感覚を見出しつつあった。葉子は目を閉じたままおとがいを上げて、はぁはぁと上がった息を漏らし始めていた。
 突然、郁未は手をすーっと下にずらし、葉子の秘裂の方に動かす。
「はぁ…」
 葉子はそれに対し、やや大きめの吐息を漏らして応えただけだった。
 秘裂を隠す右手をぽんと叩くと、左手と同じように力を失って下に垂れる。露わになったその部分に、郁未は興味津々といった趣で顔全体を近づけていった。
「ここも、きれい」
 郁未はそれだけ言うと、べろんと舌を出して秘裂を舐め上げた。
 葉子が腰をよじる。だが、郁未の舌から逃れるには至らない。郁未は腰の動きを追いかけるように舌をずらして、再び舐める。今度はもっと強く、秘裂の中に舌が入っていくように。
 ますます顔を大きくそらした葉子。恥辱に耐える、切なそうな苦しみの顔。郁未は満足そうな表情を浮かべて、べろべろと無遠慮な舌戯を続けた。決して強い動きではなかったのだが、郁未は緩急の差をつけながら葉子の秘裂の中を端から端までなめ回していった。
 クリトリスの上を通ると、葉子は顔を歪めて快感に耐える。ひっ…という声が漏れる事もある。ヴァギナの方からは、ほんの少しあふれ出した愛液の酸味が感じられる。
 葉子がぐったりとして郁未のクンニリングスに身体を委ね始めると、郁未はおもむろに行為をやめて立ち上がった。
 葉子は目を開けて、焦点の合わない瞳で郁未を見上げる。
「ふぅ」
 郁未は口元についた愛液をぬぐった。そしてその指を、半開きになった葉子の口の中に突っ込んだ。
 葉子は嫌悪に顔をしかめるが、何も言わずに指をなめ始める。くるくると舌を回すようにして、第二関節のところまで丁寧になめる。汚辱感と屈辱感が葉子を襲う。
 郁未は指を引き抜く。葉子は疲れた表情を見せた。
 当然のごとく、
「どう?自分の味は」
 と問いが飛ぶ。郁未は凄みの利いた目で葉子をにらみつける。
「お…おいしい…です」
「そう。良かったわね」
 か細い返答に、郁未はにやにやしながら答えた。
 郁未がパチン!と指を鳴らす。
 再び、郁未の前に葉子と違う姿が生まれ始めた。それと並行して、郁未の着衣が幻であったかのように虚空に溶けていった。
 やがて、郁未の足下に全裸の少女が四つん這いの姿勢で現れ、郁未はラインの美しい肢体を自慢げに晒す。
 ヴヴ…ヴ…
 鈍い振動音が聞こえ始める。郁未の足下の少女からだ。葉子に丸見えになっていると思われる秘裂には、真っ赤なバイブが突き刺さっている。それが、激しいスピードで振動している。
 その姿は、<郁未>だった。整った美しいフェイスと長い黒髪、スレンダーなボディライン。この場で陵辱を指揮している、郁未の姿に他ならなかった。郁未と<郁未>の違いは、股間のバイブと、表情。<郁未>が浮かべている表情は、快感に打ち震えながらも従属の思いをありありと漂わせた、卑屈なものだった。
 自分を見下ろす威圧的な視線に怯えながら、<郁未>は身体を持ち上げて郁未の股間に顔を近づけていく。
 そして、遠慮深げに郁未の秘裂に舌を這わせた。ぴちゃ、ぴちゃと唾液の音を立てながら、秘裂の入り口に探るような愛撫を加える。
「私はこれで楽しむから。葉子さんは自分で楽しみなさい」
「っ……!」
「手を抜いたら、これに入ってるのより大きいの入れるわよ。葉子さん、処女でしょ?すごく痛いのよ」
 脅しの言葉に震えながら、葉子は床に落としていた二つの手を両方とも自らの秘裂に運んでいった。
 ぴちゃ。ぴちゃ。
 <郁未>は、相変わらずゆるいペースで郁未の秘裂の様子をうかがっている。それでも、郁未は激しい興奮を覚えていた。自分が自分に奉仕しているのだ。自分を知り尽くした存在が、自分の秘所を舐めるのだ。
 ぞくぞくとした背徳感と期待感に身を震わせつつ、郁未は葉子の痴態をじっくりと観察する事にした。
 葉子は、未だに郁未の唾液で濡れている自分の秘裂に、両の手の人差し指を一本ずつ添えていた。その二本の指先を秘裂の両脇に当てて、交互に上下させる。未熟で稚拙な動作ゆえに、いやらしさが際だった。
 郁未と目を合わせないためなのか、葉子の視線はじっと自分の秘裂を見つめている。それが逆に、行為に没頭しているかのような様相を見せていた。郁未は、ひょっとすると葉子はクリスチャンだったかもしれないと思った。その禁欲を粉々に打ち砕く、しかも自分が。小悪魔的…いや、悪魔的な充足感が郁未に生まれる。
 その充足感を表すように、郁未は<郁未>の頭をがっとつかむ。それを自分の股間にぐいぐい押しつける。<郁未>は主人の怒りに触れた事を詫びる奴隷のように、激しい奉仕を行った。突然生まれた、秘裂を割り開いてくる感覚に郁未は快感を覚える。
 しかし、<郁未>は不用意にクリトリスを刺激してしまう事はしなかった。そんな事をしなくても、郁未の十分に発達した性感帯は快楽を覚える事ができるのだ。また、絶頂に至るまでのプロセスを長くした方が、より深い絶頂を迎える事ができるのだ。
 葉子は、郁未の視線に促されるように、秘裂の内側に指を動かしていく。両方の人差し指で刺激しているという事は変わらない。その指で、自らの秘裂を左右に広げる。どう動かせばよいのか分からない結果そうなったのだが、結果として郁未の欲求に最も沿った状態になる。葉子の秘裂の中が、郁未の目にはっきりと映った。
 そこは鮮紅色だった。綺麗なのだが、常人に比べても鮮やかな色だと言える。清楚な葉子と比較すれば、やや肉感に富みすぎているきらいもあった。
 そんな郁未の思いなどつゆ知らず、葉子は不器用に左右の指を動かす。秘裂の粘膜を、くにゅくにゅといい加減なタッチで触る。普通の状態なら、それだけの刺激で快感を感じることなどとても出来なかっただろう。しかし、郁未の先ほどのクンニリングスにより、葉子の性感はある程度目覚めてしまっていたのだ。
「ん…はぁ…はぁ…」
 どうしても酸素が足りなくなり、葉子の口からは吐息が生まれ出てしまう。周りから見れば、それは単なる喘ぎ声だ。葉子はその事に気づいているようだったが、呼吸を止めることなど出来るはずもない。無理にすれば、かえって息を荒くしてしまうだけだ。
 一方の<郁未>は、先ほどの激しい動きに続く形で、似たような舌戯を行っていた。さっきと同じ激しさというわけではないが、最初に比べればかなりの激しさだ。粘膜のあちらこちらを、すぼめた舌を使って、ピンポイントに小刻みになめる。いつの間にか溢れていた愛液を舌ですくい、秘裂全体にまぶして滑りを良くする。手は足の付け根を少しずつさすっている。
 郁未の欲求を完全に捉えたクンニリングスだった。郁未は褒美を与える事にした。
 ヴヴヴヴー…
 バイブの振動音が大きくなる。
「………!……!……!」
 声無き悲鳴を上げながら、<郁未>は主人の秘裂をぐりぐりと舐める。クリトリスに舌が触れる事も、気にしている余裕がない。
「葉子さん!一番感じるところをいじりなさい」
 郁未の声が飛ぶと、葉子は素直に二本の指をクリトリスに向けた。抵抗に全く意味が無い事を理解したらしい。
 葉子は、左右からクリトリスに指を当てる。そして、指で押し合うような刺激を加える。
「あくっ!」
 自分の行った行為であるのに、葉子は小さく声を上げた。郁未の威圧感によって、行為と結果の関係を把握する判断力が失われているのだ。
 <郁未>の舌も、クリトリスを集中して攻撃し始めた。肥大化したその部分は、郁未にあけすけな快楽をひっきりなしに送り込んでくる。吸い立てられると、まるで自分の存在が吸われていくような不安感が性感を強烈に煽る。
 葉子は、今度はやや慎重にクリトリスをさわり始めた。両の指を左右から当てている事は変わらないが、今度はくるくるとクリトリスを回すような動き。もちろん一回転させるわけではない。転がす動きの変形のようなものだ。
「あ…はあんっ!」
 それでも、葉子の性感は急激に高まっていった。郁未に嬌声が聞こえるのも気にしていない。
「よ…葉子さん、イクの?イクの?答えなさい!」
「は…はい、もうすぐ」
「わ、私もよ、私も!」
 郁未の声に応え、<郁未>はクリトリスを吸い上げる動きをひたすらに繰り返す。ちゅうーっ、ちゅうーっ、と音を立てて、精一杯の快感を引き出す。<郁未>に挿入されたバイブの振動も、さらに大きくなった。
 葉子は二本の指で交互にクリトリスをはじく。ぴんっ、ぴんっ、と、勃起してしまったその部分に瞬間的で強烈な刺激を与え続ける。
「…あっ、ああっ!」
 がくんと顎が垂れる。葉子が先にイッた。
「葉子さん、葉子さん、ご褒美よ!バイブ、葉子さんの中に突っ込んで、思いっきりかき回して上げるわよっ!」
 <郁未>の最後の舌戯を目一杯感じながら、郁未は感極まった声で言った。
「………!」
 光を失いつつあった葉子の瞳が、絶望に満ちたものになる。
「ああっ!ああっ!葉子さん!」
 絶頂を迎える瞬間、郁未はありたけの「力」を葉子の股間に向けた。脳が搾り取られるような感覚と共に、頭から「何か」が飛んでいくのが分かる。そして、葉子の股間に赤いグロテスクなバイブが生まれていく…
 バチ
 ビッ
 ビーーーーー
 瞬間、サイケデリックな原色のモザイクが郁未の意識を覆った。
 ビッ
 ビッ
 衝撃を受ける度に、万華鏡のように違うモザイクが現れる。
 ビーーーーー
 赤。


「よぉ、やったか?」
 下品な笑みを浮かべた男が、ELPODの入り口を開けた。
「…はい」
 小さな声で答えたのは、凛々しい風情の女性。葉子だ。
 床には、仰向けの郁未が長い髪を散らせていた。顔の下には、赤黒い血の溜まりが出来ているのがわかる。スポットライトのような青白い光に照らされたその姿は、神秘的なほどに無惨だった。
 部屋の隅には、ぐちゃぐちゃになった折り畳みの椅子が置いてある。金属で出来ているパイプの部分も、原型を止めないほどにひしゃげていた。圧倒的な力が、無統制に加えられたという感じだ。
 男は郁未の姿をじっと見た。この幻覚装置、ELPODを管理している組織の幹部、高槻だ。
「…ふん。第7段階でオダブツか。ま、思ってたほどじゃなかったな。どんな夢見てたんだか。バケモノの種付けてどうなるか見たかったんだがな」
 軽蔑した目で郁未を見る。
「被害は椅子一個だけ、と。部屋に帰っていいぞ」
「はい」
 葉子は一度だけ興味なさそうに郁未を見て、ELPODから出ていった。高槻も、葉子に続いて部屋を出る。
 後には、下っ端に片付けられるのを待つだけの郁未の死骸が残った。